mesimarja
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( ^ω^)でも、二人の距離は変わらなかったようですξ゚⊿゚)ξ
前スレ
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 20:47:53.70 ID:Q9Vwam680
>>1代理ありがとうございます!

       ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
       {::{/≧===≦V:/
       >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ、
    γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
  _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ      モッピー知ってるよ
. | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i     この三部作はこのスレで最後だってこと
  、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l
   ヾ:::::::::|≧z !V z≦ /::::/
    ∧::::ト “        “ ノ:::/!
    /::::(\   ー'   / ̄)  |
      | ``ー――‐''|  ヽ、.|
      ゝ ノ     ヽ  ノ |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
一部   ツンが逃げてしまったようですξ゚⊿゚)ξ
二部   ( ^ω^)だから、ブーンは追いかけたようです


まとめて下さったサイト様
7x様
ttp://nanabatu.web.fc2.com/boon/tun_nigetesimatta.html


5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 20:49:58.47 ID:Q9Vwam680
その女性は、厳しさと優しさを兼ね備えていた。
その女性は、愛情の注ぎ方も知っていたし、誰かを深く愛する事も知っていた。
その女性は、自ら決めた道を一人で進む強い心を持っていた。
その女性は、失う事の悲しさと辛さを知っていても尚、女性が愛した青年の為に、痛みを受け入れて前へ進む事を選んだ。

その青年は、孤独と痛みを知っていた。
その青年は、無償の愛と、その温もりを知っていた。
その青年は、自ら決めた道を走破する強い心を持っていた。
その青年は、自らの過ちと愚かさを嫌悪し、青年が愛した女性の為に、前へ進む事を躊躇った。

二人は、心の奥では互いを求め、必要としていた。
だが、求める事が悪だと、近付く事が罪悪だと信じていた。
二人は、自らの心を抑圧し、近付く事を恐れた。
自らの感情、考え、欲望に相手を巻き込みたくない一心で。

女性は離別の道を選んだ。
半身を引き裂くような心の痛みに耐え、我慢し、そして選んだ。
後悔していても、歩みは一瞬たりとも止まる事は無かった。
女性は、前へ進んだのだ。

一方、青年は道を選べずにいた。
罪悪感に心を蝕まれ、自責の念が足を止めていた。
青年は今、分岐点に立っていた。
道は、二つあった。

一つの道は安全で、そして、選ぶ事が容易な道だった。
誰もが、その道を選び、進んだ。
そしてもう一つの道は、誰もが好んで選ぼうとしない進む事が困難な道だったが、その道の先には、青年の愛する女性がいた。

―――女性は選んだ道を進み、青年は今、分岐点に立っていた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 20:52:02.82 ID:Q9Vwam680





       ( ^ω^)でも、二人の距離は変わらなかったようですξ゚⊿゚)ξ






12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 20:54:16.01 ID:Q9Vwam680

強い風に煽られた大粒の雨が、窓を叩きつけている。
雨樋から落ちた滴が鉄の手摺を一定のリズムで叩き、木琴の様な柔らかくて不思議な音色を奏でていた。
聞こえる音と言えば、そう云った音と自らの荒い呼吸ぐらいだ。
青年に意識はあったが、瞼は重く閉ざされていた。

瞼を下ろしているのだから、当然、視界は黒一色だ。
ベッドの上、布団の中で寝ている事は分かっている。
聞こえる音から周囲の状況を想像する他、青年に自分の置かれた状況を把握する術は無かった。
本当は、分かっていた。

布団に運ばれるまでの記憶が曖昧なだけであって、何が起きて今こうなっているのか。
全部分かっている。
思い出したくないだけなのだ。
出来たばかりの心の傷を抉る様な事をしたくないだけで、眼を閉じ、口を閉じ、耳を塞いでいるだけなのだ。

悔しさと自分の不甲斐なさに、青年は感情の赴くまま拳を握ろうとした。
だけど、手に力は入らなかった。
高熱の影響で全身は元より、指一本にさえ力が入らない。
気だるさを通り越し、筋肉は動く事を拒絶している様だった。

血液が沸騰したように熱く、瞼でさえも熱を持ち、あたかもその熱で溶接されたかのように、瞼は動かなかった。
思考は靄がかかり、一つのことを長く考えることが出来なかった。
少なくとも今の状況では、それは逆にありがたかった。
いつまでもこうしていられればいいのにと、青年は強く思う。

考えなくても、いいのだから。
唐突に、涙が溢れ出し、頬を濡らした。
熱だ、熱のせいだ。
悲しい事を思い出していないのに、泣く必要がない。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 20:56:44.71 ID:Q9Vwam680
だから、泣いていない。
これは、熱を冷ます為に体が勝手に動いているだけだ。
仕方ない。
仕方がないから、今は、涙を流すだけだと青年は自らに言い聞かせる。

流れる涙が枕を濡らし、ひんやりとする。
どうしても、涙は止まらない。
苦しい。
胸が、心が苦しかった。

これも、風邪のせいだ。
風邪をひいているから、熱が出ているから、こんなになっているのだ。
眠ればいい。
眠れば、夢を見られるから。

夢の中でなら、辛い事が何もない。
―――嗚呼。
馬鹿馬鹿しい。
何て馬鹿馬鹿しいんだ、と青年は心の中で嗤った。

逃げているだけだ。
現実から目を叛けて、耳を塞いで、そして、夢の中に逃げている。
逃げる事は後退で、前へ進む事を意味してはいない。
幼い頃から憧れ、目指してきた生き方は後退する事ではなく、前進する事だった。

前進した先に、青年が憧れた女性がいたからだ。
女性に近付く為だけに、青年は前へ進んでいた。
あまりにも子供じみた気持ちで、子供の様に純粋な気持ちで青年は女性を追っていた。
女性は、常に青年の前を歩いていたのだから。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 20:58:48.96 ID:Q9Vwam680

だけど、もう、進むべき道は見失っている。
道標は無く、深夜、嵐の中で灯台の明かりを見失った船の心地がした。
港に着くには、岬に激突する可能性を視野に入れ、なお且つ座礁を避ける為に慎重な航路を取る必要がある。
沖に戻ると云うのであれば、転覆などの危険性はあるだろうが、港に向かうよりかは安心できる。

選ぶ事を遅らせても、いつかは必ず選択しなければならない。
時間は永遠ではない。
選ばなくとも、時間は進み、周囲の状況は変化する。
この嵐の中を進まない限り、港へ戻る事は出来ない。

嵐が止む頃には、その船は暗い海の底に瓦礫となって沈んでいる。
青年は自らを船に喩えるのを止めた。
周囲の環境に対する関心に切り替え、境遇に対する思考を停止させた。
風向きが変わったのが、雨の音の微妙な変化で分かった。

思考は目まぐるしく変化し、一つの事に集中する事を許さない。
雨音を考えていたと思えば、次に体の熱、布団の柔らかさ、呼吸の荒さ等に思考の対象が移った。
不意に、額にそっと触れた手の存在を感じた。
ゴツゴツとしていて、硬い指。

この指を、青年は覚えている。
強引に瞼を開けようとした青年に、囁くような声が掛けられた。

「そのまま寝てろ」

その言葉に甘えて、青年は体から力を抜いて、眠りに着くことにした。
額から手が離れ、代わりに、濡れたタオルが乗せられた。
何も考えず、今は、眠る事だけを選んだ。
逃げる為では無く、休む為に。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:00:57.20 ID:Q9Vwam680

次に目を覚ましたのは、枕元に人の気配を感じたからだった。
今度は薄らと瞼を持ち上げる事が出来て、まず目に映ったのは、自分の部屋の天井だった。
焦点が合わず、ぼんやりとした視界が、徐々に正常な物へと変わる。
カーテンが引かれた窓の向こうの明るさから、今が朝だと分かった。

未だに雨音は弱まる気配を見せず、昨晩と同じ音を鳴らしている。
気配のする方に目線を移すと、そこには、青年の母親がいた。
母親は何事も無いかのように笑顔を浮かべていたが、きっと、青年が目を覚ますまで傍らにいたのだろう。
未だに冷たさを保っている額のタオルが、その証拠だ。

申し訳なさでいっぱいになり、青年は譫言の様に感謝した。
笑顔のまま、母親は青年の髪を優しく撫でた。


ζ(゚ー゚*ζ「ご飯、食べられる?」

( ´ω`)「……うん」


母親、デレデレの言葉に、青年、ブーンは力なく頷いた。
もう一度頭を撫でてから、デレデレは静かに立ち上がり、部屋を出て行った。
数分後、デレデレは丼程の大きさの鍋を丸い木の盆に乗せて持って戻ってきた。
枕元にそれを置いて、蓋を外すと、もわり、と白い湯気が立った。

外した蓋は、鍋の横に置いた。

ζ(゚ー゚*ζ「自分で食べられる?」

( ´ω`)「……うん」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:03:10.16 ID:Q9Vwam680

喋る気力さえ、今のブーンには無かった。
ゆっくりと半臥の状態になろうとしたら、デレデレが気を利かせて枕を背中に移した。
そうして、ブーンの膝の上に朝食を盆ごと乗せた。
朝食は、粥だった。

白く艶やかな米の上には、梅干しが二つだけ。
たったそれだけだったが、今、高熱を出しているブーンにとってはそれだけで十分だった。
食欲が湧かない中でどれだけ豪勢な食事を出されても、それは意味がない。
こう云ったシンプルな病人食が一番だ。

木の匙を渡され、ブーンはその匙の先で梅干しを僅かに崩した。
崩した梅干しの上に粥を乗せ、ゆっくりと持ち上げる。
何度も力なく息を吹きかけ、粥を冷まし、口に運ぶ。
甘い香りが、鼻先を擽った。

形が崩れる手前の状態を保った米は、炊き立ての白米とは違った舌触りをしていた。
熱い液体で包まれた米は舌の上に乗ると、その米だけを舌の上に残し、とろみを持った液体は口内に広がった。
さらさらとした米の舌触りは心地よく、弱った体でも非常に食べやすい。
まだ冷まし方が足りなかったらしく、口を閉じる事が出来なかったので、何度も口で息を吸った。

ふわりと甘い香りが、鼻から抜けた。
ようやっと一噛みすると、米の甘味を感じた。
次いで梅干しの酸っぱさ。
甘みを相殺することなく、酸味が口の中と頭に浸透する。

唾液が染み出してくる。
木の匙だから、幾ら粥を掬っても匙が熱くなる事はない。
ほふ、ほふ、と息を吐きながら、ブーンは小さな鍋一つ分の粥を食べ終えた。
これ以上は食べられない。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:05:26.46 ID:Q9Vwam680

デレデレはブーンの膝の上から盆を回収し、去り際、後で病院に連れて行くと言った。
拒める筈もなく、ブーンは力なく首肯した。
医者に行けば、その間、考える時間が減る。
知らず知らずの内に、ブーンは逃げる事に徹していた。

逃げるのは簡単だ。
目を瞑って逆方向に走れば、それでいい。
耳を塞いで口を紡げば尚いい。
その為の逃げ道は、この世界に幾らでも溢れている。

前に進むのは難しい。
決断しなければならないし、眼は経過を見届け、耳は音を拾い、口は開かずにはいられない。
残酷な現実を直視する事もあれば、聞くに堪えない雑音を耳にする事もある。
強い想いは口を動かし、やがて、体を動かす。

食後、ブーンは強い眠気に襲われた。
もぞもぞと体を動かし、枕を元の位置に戻し、頭をそこに埋めた。
直ぐに瞼が落ち、体から自由が失われ始めた。
すると、そっと扉が開かれ、そこからクマの様にのそのそと近付いて来る影があった。

ブーンの傍に来て頭を軽く撫で、一言だけ残してその影は部屋を出て行った。

「今は、休め」

間もなく、ブーンは深い眠りに落ちた。
願わくは、悪夢を見ませんようにと、淡い思いを抱きながら。
その思いは無駄に終わった。

―――ブーンが見たのは、紛れもない悪夢だったのだから。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:07:34.17 ID:Q9Vwam680

悪夢を見たら飛び起きる。
などと云う通説は、ブーンには当てはまらなかった。
最後まで悪夢を見続け、最後に救われる筈の所で、夢は終わった。
つまり、最悪の目覚めであった。

全身が汗で濡れてしまい、服が肌に張り付いて、不快だった。
体の向きを変えても濡れた服の感触が無くならず、服を脱ぐ以外、対処法は無かった。

( ´ω`)「おー……」

学校に連絡をしていない事を思い出したが、デレデレが連絡してくれているだろうと思い、瞼を下ろそうとした。
枕元の携帯電話のLEDライトが点滅している事に気付き、瞼を下ろすのを中断した。
手を伸ばして手に取った携帯電話を開くと、メールが一件届いていた。
宛先は、ミセリだ。

件名には何も書かれていない。
本文には、短く、こう書かれていた。
【返事は、いつでもいいです】、と。
それに対して、ブーンは返信ボタンを押せなかった。

返信して、何が変わる。
何も変わらない。
今は休みたい。
その一心で、ブーンは携帯電話を閉じた。

部屋の外から跫音が近付いてきて、扉が軽くノックされた。

ζ(゚ー゚*ζ「起きてる?」


38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:09:54.00 ID:Q9Vwam680

ひょこり、と顔を出して中の様子を窺ったのは、やっぱり、デレデレだった。
今家にいるのは、ブーンとデレデレだけなのだから、当たり前だ。

( ´ω`)「……うん」

病院に行く時間になったのだろうと思い、ブーンは起き上がろうとした。
デレデレは手に持っていた着替えをブーンの体の上に置いて、濡れタオルを手渡した。
これで体を拭いて、と言って、デレデレは部屋を出ていった。
ブーンは布団の中で服を全部脱いだ。

びっしょりと濡れた服を床に置いて、ブーンは体をタオルで汗を拭った。
べた付く汗を拭うと、気休め程度だが、不快感が減った。
首筋や脇の下、背中や胸を拭いてから、ブーンは新しい服に身を包んだ。
着替え終わっても体の火照りは残ったままで、動きまわる事はまだまだ無理だった。

布団から抜け出し、ブーンは部屋を出た。
部屋の外で待っていたデレデレと合流し、家を出た。
体が重く、意のままに動かせない。
家の前に停めてあった車の助手席に座るだけでも、今のブーンには過酷な運動の様に感じられた。

病院に向かうまでの僅かな道程で、ブーンは何度も寝そうになった。
どうにか病院に到着してから、受付で3分、待合室で5分。
医者に診察してもらうまでの15分間、気力だけでブーンは動き続けた。
診察の結果は、心労と過労が原因の風邪だった。

驚くべき事に、熱は40度近くまで上がっており、解熱剤と漢方薬が処方された。
咳と鼻水がないだけ、ブーンはありがたかった。
あれは周囲に迷惑をかける。
家に帰り、手洗いうがいをした後、ブーンは新しい寝間着に着替えてから再び布団に潜り込んだ。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:12:18.72 ID:Q9Vwam680

枕元に、水筒が置かれていた。
中身は薄めたスポーツドリンクだ。
失われた水分を取り戻す為、ブーンは出来る限りそれを飲んだ。
体の中から、少しだけ。

まるで、砂漠で一瞬だけ水浴びをした様な、そんな気持ち良さが体の中から広がった。
部屋から出る前に、デレデレはブーンの額に濡れタオルを乗せた。
ありがとう、と云う感謝の言葉は、果たして聞こえたのだろうか。
後ろ手で閉められた扉の向こうからは、何も聞こえなかった。

ひょっとしたら聞こえていたかもしれないが、今のブーンには、雨音と心臓の音、そして荒い呼吸以外の音が聞こえていなかった。
朦朧とし始めた意識の中、ブーンは大人しく瞼を下ろした。
今度は、今度こそは。
悪夢だけは見ない様に、と願いながら。

結論から言うと、夢は見れなかった。
どころか、眠りにも着けなかった。
意識が覚醒していて、雨音に意識を向けていた為だ。
そして、雨音から様々な事を連想した。

楽しい事。
小さい頃、雨の日がブーンは大好きだった。
びしょ濡れになった後に飲むココアの美味さと、いつも以上に感じる温もり。
それは更に過去の感情へと変わり、楽しみが何一つ見出せなくなった。

悲しい事。
辛い事。
そして、嬉しかった事。
雨にはあらゆる思い出があり、その一つ一つが、今のブーンを形作っていた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:14:32.39 ID:Q9Vwam680


リズムよく鳴る木琴の様な音に合わせて、記憶が甦ってくる。
記憶と共に感情が甦り、心が締め付けられるように痛んだ。
ずくずくと、古傷を抉る様に。
甘い毒が体を蝕むように。

ブーンは無意識の内に胸を押さえ、その名前を心の中で呼んでいた。
捨てられたのに。
諦めもせず。
その名を、呼び続けるのだ。




ツンおねーちゃん、と。




―――*  *  *―――





53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:17:37.36 ID:Q9Vwam680

ブーンが熱を出して寝込んでいる時、彼の幼馴染であるジョルジュ・長岡は自室で考え込んでいた。
ツンが引越しをしたと云う話は聞いているし、ブーンが倒れたと云う話も、既に彼の耳に届いていた。
とんでもない話だ、とジョルジュは思う。
昔から二人の事を見ている存在としては、どうしてこの様なすれ違いが生じてしまうのかと、はなはだ疑問であった。

本人が決めた道である以上、ジョルジュがどうこう口出しをする問題ではない。
これは二人の問題であって、幾ら幼馴染でも介入できない話だ。
彼としては、昔の様に二人が仲良くしてくれるのが一番なのだが。
世の中、ままならないものである。

そう。
本当に、ままならない。
家族間の問題に介入できない自分が歯痒く、ジョルジュは煙草に手を伸ばした。
思うまま、自分の心のままに行動すると云う事は、どうしてこうも難しいのだろう。

一応、ジョルジュにも下心と云う物があった。
彼も男だ。
あのような美しい存在、つまり、ツンに惹かれてしまうのは生物として当然である。
幾度となくそれっぽい態度を見せたが、ツンは見向きもしなかった。

彼女の青い瞳が見ていたのは、何時だってブーンだったのだ。
みっともない話だが、ジョルジュはブーンに嫉妬していた。
そして、憎み切れない自分もあった。
ブーンは可愛い弟分だ。

それだけは、どれだけ憎んでも決して変わらない。
一人っ子の自分の元にブーンが来れば、さぞや楽しい毎日が過ごせた事だろう。
だからこそ、ジョルジュはブーンを可愛がり、憎めなかった。
憎めない代わりに、嫉妬していた。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:19:53.37 ID:Q9Vwam680

嫉妬と同時に、腹立たしくも思っていた。
不甲斐ない男になってしまったと、ジョルジュはブーンを見て思う。
ツンに甘え過ぎるあまり、自分の意志を貫くと云う事が、どうも分かっていない。
男としてそれはどうなのだろうかと思いつつ、ジョルジュは煙草を咥えた。

高校生になってもあのままでは良くない。
では、どうすればいい。
ツンがいなくなり、絶望の淵にいるブーンを変えるには。
そして、昔の様な関係を取り戻させるには。

中々に根の深い問題だった。
ツンもブーンも、互いに惹かれあい、そして愛し合っている。
二人ともそれが過ちだと信じているのが、事態を悪化させている事は明らかだった。
潔く物事を決断できるツンとは違い、ブーンは決断力、そして意志がまだまだ未熟だ。

―――悪しき考えが頭を過る。
下衆の考えに身を委ねるのも、悪くはない。
欲しい物は力ずくで奪い取る。
それが、ジョルジュの生き方だった。

今が絶好の機会ではないだろうか。
弟分に遠慮する必要が、どこにあるのか。
いや、何処にもない。
下衆は下衆らしく、どこまでも下衆であればいい。

この際、倫理が云々と言っている暇はない。
善は急げ。
少しだけ日和ってしまった自分を叱咤した。
振り向かないなら、それはそれでいい。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:21:56.43 ID:Q9Vwam680


だったら、奪えばいいのだ。
強引だろうが何だろうが、奪ってさえしまえば。
問題は、どのようにしてツンの所在を知るかと云う事の他に、数点にあった。
暫く考えてから、ジョルジュは一人で行動するよりも、複数で行動した方がいい事に気付いた。

携帯電話の中から、久しぶりに連絡を取る事になる後輩を探し、電話をかけた。
挨拶をさっさと済ませ、自分の考えを伝えた。
受話器の向こうで少しだけ考え、協力するとの答えが得られた。
二人いれば十分だ。

遂に、ツンの泣き顔を拝めるかもしれない。
幼い頃から事ある毎に泣かされ続けてきたが、今度はジョルジュの番だ。
心身ともに弱った今のツンなら、さほど難しくないかもしれない。
どうやら楽しくなりそうだ、とジョルジュは心の中で思った。


  _
( ゚∀゚)「悪いな、ブーン」



その声は、これから自分達が起こす一世一代の暴挙に対する期待感で満ち溢れていた。



―――*  *  *―――



63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:24:21.02 ID:Q9Vwam680

昼食中に掛かってきた電話の内容を反芻し、杉浦ドクオはニヤリと笑った。
随分と面白そうな話だった。
前々から、ドクオも興味があったことだ。
それに自分が加われると思うと、早くも興奮して来た。

まさか自分に声が掛かってくるとは思いもしなかったし、自分と同じ様な事を考える人間がいるとは夢にも思わなかった。
しかも、発案はジョルジュだ。
参加人数は二人。
この楽しみは、二人だけが味わえる物だ。

幼馴染のブーンには悪いと思うが、元はと言えば、ハッキリとしないブーンが悪い。
ブーンの家に遊びに行って初めてツンに会った時から、ドクオは二人の関係に違和感を覚えていた。
隠し通せると思ってはいないだろうが、だったら、それでいいではないか。
ドクオの家とは事情が違うのだ。

ドクオの姉は、二人とも随分と暴力的だが、時には優しい一面も見せる。
如何せん、ドクオとは一回り歳が離れている。
その点、ブーンはあらゆる面で違う。
何を遠慮しているのだ、あのヘタレは、とドクオは常々思っていた。

羨ましいと何度思った事か。
〝立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花〟を地で行っている上に、性格は優しいと来た。
ウチの姉と交換してほしい物だと、一度だけ食卓で冗談っぽく呟いた事があったが。
その日から一週間、新しいプロレス技の実験台にされたことから、ドクオは二度と口にしまいと硬く誓った。

今の状況を例えるなら、今まさに食べ頃を向かえた果実の下で、子供が背伸びをして取ろうとしている場面に遭遇している様な物だ。
こちらは大人が二人。
相手は子供が一人。
その果実は大人も虜になる程の美味さで、大金を出してでも食べる価値がある物だと知っている以上、やる事は一つだ。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:26:34.91 ID:Q9Vwam680

計画遂行の日を、ドクオは想像した。
きっと、全てが終わった時。
想像できないぐらい気持ちがいいのだろうと、ドクオは内心で舌舐めずりをした。
溜めていた何かを解放する時、気持ちがいい物なのだから。

そもそも、いつまでもウジウジとしているブーンが悪いのだ。
動かないならそれでいい。
こっちはこっちで、好きにやらせてもらう。
こう云う事を一度はやって見たいと考えていた。

さて。
ジョルジュの計画に一枚噛ませてもらう以上、ドクオも準備をしなければならない。
下準備は大切だ。
丁度、今日の午後に行う調理実習と同じように準備するのだ。

準備が疎かになると、思わぬ問題が発生し兼ねない。
そう云った問題が起こらない様に手を回す必要もあるし、何より、そうでないと面白くない。
より気持ちの良い瞬間を迎える為に、準備は怠らない。
机の向こうにいる友人が、何かいい事でもあったのかと尋ねて来た。

口の中の物を飲み下してから、ドクオはこう答えた。


('A`)「これからあるんだよ」


―――*  *  *―――



70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:29:05.54 ID:Q9Vwam680
正午。
ジョルジュがドクオに電話している時。
ドクオがその提案を受け入れた時。
ブーンは、深い眠りの中にいた。

今、ブーンは、中学校時代の事を思い出していた。
中学三年生、陸上部の最高学年の時の頃の話だ。
三年になったばかりのブーン達は、未だに最高学年としての自覚は無かったが、手本になろうと必死だった。
部長達の努力の甲斐あって、陸上部には多くの新入生が入部した。

そんな時期の事だった。
その日はミセリも久しぶりに仕事が無く、マネージャーとして仕事をこなしていた。
陸上の練習は、ただ走るだけではない。
ラダーやハードルを使った、細かな運動も練習の一つだ。

多くの新入生を相手に、一人一人教えるよりも、まずは手本を見せるのが一番である。
ブーンやドクオが手本を見せていた時、それは起こった。

(・∀ ・)「あー、だりー」

新入生の一人が、そのような事を呟いた。
気にせず、ブーン達は練習を続けた。

( ^ω^)「これも練習の一つだから、しっかりやるおー」

三年生が見せ終えた後、一年が試しにやり、二年が細かいところを教える段取りとなっていた。
ところが、一人だけ練習をやろうとしない者がいた。
先程の新入生である。

(´・ω・`)「ほら、ちゃんとやろうよ」

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:31:13.54 ID:Q9Vwam680
(・∀ ・)「やですよ、面倒くさい」

大げさに溜息を吐いて、新入生は続ける。

(・∀ ・)「大体、こんなことして疾く走れるんすか?」

(´・ω・`)「疾く走る為の練習だからね」

(・∀ ・)「ははは!! ブーンさんより遅いのに?」

部長のショボンは、確かに記録で言えばブーンよりも遅い。
だが、それでも彼は十分疾く、そして何より、人望があった。
だからこそショボンが部長に推薦され、そして着任したのだ。

(´・ω・`)「そうだね、でも、僕より疾いブーンもこの練習をしてるんだよ」

(・∀ ・)「いやー、無駄だと思いますよ、俺は」

(´・ω・`)「どうして、そう思うんだい?」

(・∀ ・)「結局才能じゃないっすか」

異変に気付いたドクオとブーンが、ショボンの方を見る。

(´・ω・`)「確かに才能は大切だけど、練習も大切だよ。
     それに、努力は才能に勝るんだよ」

(・∀ ・)「才能に負けてる人が言っても説得力ないっすよ」

見かねたドクオとブーンが、ショボンの元に向かった。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:33:21.32 ID:Q9Vwam680

('A`)「おいおい、足が止まってるぜ、新入生。 ここは陸上部で、お喋り部じゃないぞ」

(・∀ ・)「あ、こんちゃーっす」

('A`)「練習をしないのか?
   足でも捻ったのか?」

(・∀ ・)「あ、いや、そんなんじゃんないっすよ。
     無駄な事嫌いなんで」

('A`)「無駄?」

幼馴染であるブーンには分かった。
ドクオは、今、怒っている。
静かに怒り、その怒りを表に出さない。

(・∀ ・)「やっぱ、才能がないのにこんな地道な練習しても無駄じゃないっすか。
     だったら、こんな事よりも俺、トラックでスタブロ使って練習したいんですよ。
     そっちの方がよっぽど有意義ですよね?」

('A`)「やめときな、今のお前がトラックで練習しても、恥ずかしいだけだ。
   基本も出来てない奴がちゃんとした場所で走っても、何にもならねぇよ」

(・∀ ・)「……うざっ」

('A`)「練習をする前に練習に文句を言うもんじゃない。
   どうしても文句を言いたいなら、練習をしっかりやってから言えばいい」

(・∀ ・)「先輩、種目、何っすか?」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:35:39.31 ID:Q9Vwam680


('A`)「俺か? 俺は1500mだ」

(・∀ ・)「じゃあ口出ししないでくれます?
     俺、短距離なんで」

( ^ω^)「じゃあ、僕が言えば聞くのかお?」

その新入生の顔が変わったのを、ショボン、ドクオ、ブーンの三人は見逃さなかった。
初めから、ブーンが出てくるのを望んでいたかのように。

(・∀ ・)「あっ、ブーン先輩」

( ^ω^)「着地した後の姿勢とかをしっかりさせないと、無駄な動きばっかりになって遅くなるから、この練習は意味があるんだお」

(・∀ ・)「へぇー。
     やっぱり違いますね、有名人の言う事は」

(;^ω^)「お?」

(・∀ ・)「先輩にお願いしたい事があったんですよ。
     俺に才能があるかどうか、見て欲しいんですよ」

( ^ω^)「いや、今は基礎練習の時間だから駄目だお」

(・∀ ・)「えー、そんな事言わないでくださいよ。
     じゃあ、ちょっと走りますよ」



81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:37:50.52 ID:Q9Vwam680

話を聞かず、その新入生はいきなり走り始めた。
全力の走りだと、確かに分かる。
だが、短距離選手の目から見たら、酷い走り方だった。
それこそ、基礎がまるで出来ていない。

足は踵から着地し、ストライドを伸ばし過ぎるあまり姿勢は崩れ、上体は左右に大きく振れている。
肩が意味も無く上下して、体は大きく跳ね、前傾姿勢のつもりだろうが猫背になっていた。
より疾く走るのであれば、まずは基礎を身につける必要があった。
彼の走り方は、陸上の〝り〟の字も知らない、そんな走り方だった。

陸上クラブに所属している小学生の方が、ずっとましだと言える。
満足げな顔で戻ってきた彼にブーンが最初に言うべき事は、既に決まっていた。

(・∀ ・)「どうっすか?
     結構いい線行ってます?」

( ^ω^)「まず、基礎が出来てないから才能以前の問題だお」

(´・ω・`)「姿勢がぶれてる、ストライドもピッチも目茶苦茶、腕の振りも力み過ぎてて駄目だね。
      練習すれば、もっとずっと良くなるよ」

細かい部分は、全てショボンが言った通りだった。
練習次第でどうなるか、それは、彼の練習に挑む姿勢次第だ。

(・∀ ・)「……やっぱ、あれっすか?」


( ^ω^)「?」


85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:40:14.73 ID:Q9Vwam680

(・∀ ・)「有名になると、お高くなっちゃう感じっすか?
     皆とは違う感じっすか?
     気分いいだろうなー、皆にチヤホヤされて」

(;^ω^)「いや、有名とか関係無しに今のは駄目だお。
      全体的に荒っぽいから、練習して変えて行かないと」

(・∀ ・)「あーあ、いいよなー、才能のある人は」

(´・ω・`)「あのね、今のは才能とか関係ないよ、本当に。
     誰に訊いても今のは酷いって言うさ。
     まるで小学生の駆けっこだ」

(・∀ ・)「才能の無い人は、どれだけ努力しても結局三番とか、四番。
     しかも評価もされない。
     評価もされないのに走る意味あるんですか?」

周囲が、不穏な空気に練習を中断する。

(・∀ ・)「それに、評価されなきゃレギュラーにもなれないんですよね?
     俺みたいに才能の無い奴が可哀そうだと思いません?
     大会に出たいのに、これじゃあねぇ」

(´・ω・`)「レギュラーの人達は皆、しっかりと練習をしているんだよ。
      才能とか以前に、レギュラーになりたいならそれなりの努力が必要なんだ」

(・∀ ・)「努力じゃ才能には勝てないんですよ、結局」

(´・ω・`)「じゃあ、君は努力しているのかい?」

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:42:36.71 ID:Q9Vwam680
(・∀ ・)「しましたよ、でも、今部長達がその努力を否定したんですよ」

(´・ω・`)「きっとそれは、努力の方向性が違ったのかもしれないね。
     どんな努力をしたのかな?」

(・∀ ・)「言う必要無いんで、言いません。
     兎に角、俺は努力しましたよ。
     なのに、知った風に言うの、止めてもらえません?
     不愉快なんですよ」

(´・ω・`)「……」

ブーンを含む三人は、去年卒業した先輩の存在を思い出していた。
言い方は違うが、言っている事は全く同じだったのだ。
努力を嗤い、練習に手を抜き、才能を崇拝していた。
三人とも、部活内では比較的温厚な人間として知られていたが、今この時ばかりは、そうも言っていられなかった。

この新入生は別にどうなっても構わないが、他の部員に迷惑がかかるのだけは避けなければならない。
部長のショボンは決断に迫られ、後の二人は自分のすべき行動を考えた。

(´・ω・`)「嫌なら、辞めてもいいよ?」

ショボンは、切り捨てる道を選んだ。

(・∀ ・)「いや、辞めはしないっすよ。
     俺、有名になりたいんで」

(´・ω・`)「努力しないで有名になりたいなら、他の部活にした方がいいよ。
      有名になるのが無理でも練習するって言うのならいいけど、有名になりたいだけならこの部活では無理だね。
      才能が無いって言って練習しようともしない今の君じゃ、ここでレギュラーなんて夢のまた夢だ」

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:44:41.32 ID:Q9Vwam680

(・∀ ・)「うわー、これだよ。
     俺みたいな弱い奴はレギュラーにしてくれないの?
     差別じゃん、差別」

(´・ω・`)「少なくとも君よりも疾い人がレギュラーなのは当たり前だよ。
     皆、君より練習して、後悔の無いように努力してるんだから。
     今こうしている間にもね」

(・∀ ・)「努力、努力ってさ、そんなに努力が偉いの?」

(´・ω・`)「努力しない人よりかはずっと偉いさ」

(・∀ ・)「結果も出せないのにね!
     結果の出ない努力なんて意味ないじゃん、ははっ!」

ショボンを指さし、笑い声を上げる。
重い空気は間もなく、他の部活にも伝わった。
サッカー部はボールを蹴るのを止め、野球部は遠目に事の成り行きを見守った。
気付けば、ショボンの右手は、握って開いてを繰り返していた。

あれが握り拳になれば、きっと、ショボンは殴るだろう。
口を開きかけたショボンの前に、ドクオが進み出た。


('A`)「結果が出なくても努力をする人間が、そんなに格好悪いのか?」


(・∀ ・)「は? 当たり前じゃないっすか。 だって、無意味ですもん」


97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:47:01.44 ID:Q9Vwam680

('A`)「……努力の結果が出なかった時に立ち止まって泣き喚くか、それとも楽しんで続けようと思うかで、そいつの将来が決まる。
   目的が有名になりたいってだけのお前は、間違いなく前者のタイプだ。
   そのくせ、自分は精一杯努力したけど駄目だったって勘違いして、才能の有無のせいにするタイプだ。
   そう云うタイプの人間はな、一生伸びないんだよ。 何をやってもな。

   走る事を楽しんで常に自分の記録に勝とうと思う人間が、何時だって最終的には伸びるんだ。
   無意味だ何だって文句を垂れ流して適当にやっている奴よりも、がむしゃらでも頑張ってる奴の方がずっと格好いい。
   努力って云うのは、誰でも等しく持ってる才能なんだよ」

(・∀ ・)「っち…… あのさ、先輩。
     ちょっと黙ってて貰えます?
     今俺、部長と話してるんですよ」

('A`)「ショボンが話すまでもない。
   お前にいい事を教えてやるよ。
   ママの前で僕疾いでしょ、って言いながら走ればチヤホヤされるぞ。
   その脚で買い物に行けば、小遣いだって貰えるかもしれないな」

(・∀ ・)「黙ってろって言ってるんですけど」

('A`)「おうおう、ママの前以外でそんなこわーい口を利けたのか。
   偉いなー凄いなー尊敬しちゃうなー。
   ほら、チヤホヤしてやったぞ、喜べよ、駄目人間」

(・∀ ・#)「うるせぇんだよ!!」

遂に、張りつめた空気が切れた。
怒り狂った新入生は、ドクオに殴りかかった。
大振りのパンチは、ドクオの顔にめり込んだ。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:49:36.16 ID:Q9Vwam680
( A )「……」

次に、蹴りだった。
ドクオの腹に対して、後ろ蹴り。
腹に足が食い込んだまま、ドクオは沈黙していた。

(・∀ ・#)「はっ、はぁっ!!
     ひょろっちいくせに……」

その新入生は知らなかった。
中距離選手は、無駄な肉を〝良し〟としない。
体力を無駄に消費する事になるからである。
故に、その体が備えているのは高性能な筋肉。

加えて、これは知らなくて当然の事であるが。
ドクオは、自宅で日常的に暴力と立ち向かっている。
一見して、ドクオの体は筋肉が少なく、弱々しい物に思えるだろう。
その実、ドクオの体は限りなく無駄が無い、理想的な中距離選手の体型をしていた。

一度腹筋を固めれば、中学生程度の蹴りでは、ビクともしない。
勝ち誇りかけた新入生の足を、ドクオが掴んだ。

(・∀ ・)「へ?」

片足で立っている為、簡単に引き寄せられ、そして。
頭突き。
ドクオが足を手放すと、顔を押さえて後ろによろめいた。
長い練習によって鍛え上げられた右足が、新入生の腹を鋭く蹴り飛ばした。

蹴りで人間がメートル単位で飛ぶのを、ブーンは初めて見た。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:51:58.94 ID:Q9Vwam680

('A`)「温いパンチに、温い蹴り。
   駄目だな、そんなんじゃあ全然駄目だ。
   そんな温室育ちのしっとりキノコ君に、いい事を教えてやろう。
   俺を倒せるのは……」

一部始終を見ていた複数の生徒が、急いで教師を呼びに走った。
殴られたとは自覚していないかのように、ドクオは悠然と言い放った。

('A`)「……俺を倒せるのは、姉貴の金的だけだ」

ドクオの台詞は、腹を押さえてうずくまっている新入生の耳には届かなかっただろう。
後日、ドクオはこっぴどく指導を受け、相手から殴りかかって来た事もあったので、一週間の自宅謹慎で済んだ。
例の新入生は陸上部を辞めたが、その代わり、陸上部が使う場所を荒らし、練習を妨害する様になった。
陸上競技場に練習場所を移すと、その新入生は自分が勝利したと宣言するようになったが誰も相手にせず、その問題はひとまず解決した。

今、ブーンはあの時のドクオの台詞を考え直していた。
自分の気持ちを知るのが、ブーンは怖かった。
知ってしまえば、後には引けず、そして自分の気持ちが決して叶わないと云う事まで分かってしまうからである。
だからその気持ちから逃げて、そして、捨てられた。

納得しているのだろうか。
この結果に。
本心では納得できていない。
そう、本心では。

だけど、行動に移す事を何よりも恐れ、避けていた。
二重の意味で、ブーンは怖れていたのだ。
気持ちを知る事と、気持ちが伝わる事。
自分は前へ前へと進んでいたつもりだったが、ひょっとしたら、ツンへの気持ちを自覚してからは止まっていたのではないだろうか。

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:54:37.85 ID:Q9Vwam680

現状に満足して、どうにか現状を維持しようとして。
その為に努力をしていたと勘違いしてるだけ、前に進む努力は何もしていなかった。
だからどうしたって、前へは進めなかったのだ。
自分もあの時の新入生と大差ないのだと、ブーンは今の自分を評価した。

臆病者の自分を罵りながら、ブーンはまた別の夢を見ようとした。
新しい夢は、何も見れなかった。
逆に意識だけが覚醒して、もう一度眠るのは難しくなってしまった。
タイミング良く扉がノックされ、デレデレがひょこりと顔を出した。

ζ(゚ー゚*ζ「お昼ご飯、食べる?」

( ´ω`)「……うん」

食欲が無くても、兎に角食べなくては体力が回復しない。
返事をしてから5分後、デレデレは朝食の時と同じ盆に、小さな鍋を乗せて戻ってきた。
きっと、中身は粥だろう。
とか思っていると、想像していた粥と異なった。

小さく切った鶏肉、卵はふんわりと粥の上に浮かび、まるでスープの様だ。
刻みネギが彩りを添え、病んでいなくとも、食べたくなる一品だった。

ζ(゚ー゚*ζ「親子丼風お粥、ってところね」

そう言いつつ、木の匙を手渡してくれた。
少しだけ掬って、息を吹きかけて冷ます。
恐る恐る口に近付け、口に含んだ。
案の定熱かったが、火傷する程ではない。


120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 21:56:56.37 ID:Q9Vwam680
それよりなにより、この味は驚きだ。
ふんわりとしていて、柔らかく、そして鶏肉の味が染み出す。
鶏肉のエキスが粥全体に広がっているのか、いや、違う。
これは、卵に味が移っているのだ。

だから、こんなにも味が単調にならずにいる。

( ´ω`)「……ほふ、ほふ」

鶏肉の甘みと、心地よい歯ごたえ。
卵に移った鶏肉の旨味に感動しつつ、ブーンは粥を食べているとは思えない心地だった。
粥以外の別の料理を食べているかのようだ。
ふわり、そしてとろりとする卵。

スープの様に食べやすく、食べ応えもある。
汗で失われた塩分も、適度な塩加減によって補給出来た。

ζ(゚ー゚*ζ「うふふ」

一心不乱に粥を平らげ、ブーンは食後の漢方薬を飲み、再び眠る事にしたが、どうしても寝付けなかった。
濡らしたばかりのタオルをブーンの額に乗せ、デレデレは尋ねた。

ζ(゚ー゚*ζ「ラジオでも聞く?」

( ´ω`)「……うん」

コンポのスイッチを入れ、控えめのボリュームでスピーカーから音楽が流れてくる。
雨と云う事で、雨にちなんだ歌の特集だった。
気付けば、ブーンは眠りに落ちていた。
眠りに落ちる寸前に聞こえて来た曲は、女性歌手が歌う「Rainman」だった。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:00:03.75 ID:Q9Vwam680


―――*  *  *―――



三日降り続いた雨が上がり、雲の隙間から青空が見え始めた頃。
大学の近くに引っ越したツンは、そんな事に興味が無かった。
ただ、洗濯物が干せる。
その程度にしか、考えていなかった。

この場所に引っ越してから、ツンはまるで抜け殻の様に生きていた。
人生の大部分を占めていたブーンの存在が遠くなった今、ツンはあらゆる意欲を失いつつあった。
それでも尚自棄にならなかったのは、やはり、ブーンの存在であった。
精神安定剤、そして存在理由。

ブーンがいなければ、ツンは自分の人生の意味さえも、曖昧になってしまった。
大学の勉強をしても直ぐに終わってしまい、興味をそそる物も無かった。
ただ日々を生きている。
本当に、それだけの存在になってしまった。

大学の春休みは長く、アルバイトでもしようかと考えたが、どうしてもやる気が起きなかった。
雨が降っていた間、ゴミ捨ての時を除いて、ツンは殆ど外に出なかった。
寝て過ごすか、それか、テレビでも見るか。
無気力と云う物質があるのであれば、今のツンが正にそれだった。

このままではいけないと、ツンはベッドから起き上がった。
部屋着を着替え、一先ず、食料を買いに行く事にした。
近所にあるスーパーマーケットまでは、徒歩で僅か3分と、利便性が非常にいい。
自炊は苦ではないが、母親程多くのレパートリーを持っていないので、自然と一週間のメニューは固定化されてしまう事が分かった。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:03:19.73 ID:Q9Vwam680

料理をしたのは、決まってブーンが母親の料理を褒めた翌日。
母親の味を真似したものだから、四種類しか作れない。
カレーと肉じゃが、そしてシチューに野菜炒め。
もう一つ分かったのは、作れる料理はブーンの好物だけだと云う事実。

驚愕した。
戦慄した。
嫌悪した。
そして、覚えていた事に安堵した。

安売りしていた野菜と肉を買い、家に戻った。
寝ても覚めても、ツンの頭の中ではあの日の光景が焼きついて離れなかった。
雨の中、呆然と佇むブーン。
崩れ落ちるブーンの姿。

罪悪感が心を潰そうとする。
ツンが強靭な精神の持ち主でなければ、罪悪感のあまり自傷していたことだろう。
無心で料理を作り終え、無心で食べた。
料理が塩辛かった事は、果たして、ツンが塩を入れ過ぎた為か、それとも別の事が関係しているのか、その時のツンには分からなかった。

会いたい。
一目見るだけでもいい。
見るのが叶わないのであれば、声を聞きたい。
匂いを、存在を。

昔から持っている考えを思い出してしまい、ツンは心を強く持ってそれを忘れようとした。
自分は年上なのだ。
間違った道をブーンに強要するなど、最低の行為だ。
家族同士の間で、その様な感情を持ち、伝えてしまったら。

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:05:50.82 ID:Q9Vwam680



ブーンを惑わし、狂わせ、壊してしまう。
良識のある方が導く。
今までもそうだったように、ツンはこれからもそうして行かなければならないのだ。
でも。



もしも、全てを理解しても尚ブーンが選んでくれたら。
それはきっと、本当に素晴らしい事なのにと、ツンは思った。



―――*  *  *―――




133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:08:40.83 ID:Q9Vwam680

ブーンの風邪が完治したのは、あの日から5日後の事だった。
雨は上がり、空はすっかり青空を取り戻していた。
だが、ブーンの心の中は曇り空のままだった。
休んでいる間の三日は、療養の為の三日でも、体力回復の為の三日間でも無かった。

ましてや癒しの三日間どころではなく、自己嫌悪と悪夢を見る為の三日間となっていた。
心休まる事は無く、体力が回復しただけ。
精神面において、今のブーンは何一つ回復していない。
学校の友人と話をしている中、ブーンが考えていたのはツンの事、そしてミセリの事だった。

まだ、ミセリの気持ちに対して返事をしていない。
口頭で告白されたのだから、口頭で返答するのが筋と云う物。
問題なのは、断るか、それとも受けるかと云う点にあった。
実はブーンは、未だに答えを考えていなかったのだ。

昔から恋をしていたのは、自分の家族。
そしてその家族によって捨てられた今のブーンは、新しい恋と云うやつに目覚めるべきだった
別に目覚め無くてもいいが、ツンの事を諦め、新しい物事に目を向ける必要があった。
そう考えれば、ミセリからの告白は最高のタイミングで訪れた。

彼女の事は小学生の頃から知っているし、悪い人間ではない。
それどころか、性格も大人しく、容姿だって非の打ち所がない。
もしミセリが彼女になれば、誰もが羨むことだろう。
そして誰も文句を言わず、結婚だって有り得る話だ。

誰もが言う正しい道。
まともな人間が進むべき、真っ当な道。
背徳的な何かも無く、お天道様とやらに顔向けして歩ける道。
そんな、明るい道が待っている。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:11:28.29 ID:Q9Vwam680

ツンを諦めれば、ブーンはその道を歩く事になる。
最初は辛いだろうが、慣れてしまえば、何も感じなくなる。
一瞬の間だけ感じる痛みだ。
そう。

ブーンが引き下がれば、ツンはこれ以上ブーンを嫌う事はないだろう。
やがて、二人の関係は徐々に修復されるかもしれない。
そうなるのであれば、受け入れてもいいのではないか。
ブーンの思考は、ミセリの告白に対して肯定的な捉え方をしていた。

―――思考は、確かにそう捉えていた。
だが、心が全力で否定していた。
諦めようと思っても諦めきれない。
だからこそ、ブーンは心を病んでいた。

逃げても結局は、苦しまなければならないのだ。
止まっていても心苦しく、何時膝をついて挫けるか分からない。
進むしかないのだ。
どの道を選ぼうとも、進むしかない。

痛くないのなら。
苦しまないのなら。
後悔したとしても。
簡単な、優しい道を選ぶのが普通だ。

授業中、教師の話は頭に入ってこなかった。
考えていたのは、やはり、ツンの事だけだった。

―――*  *  *―――

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:13:30.87 ID:Q9Vwam680

物想いに耽っているブーンの姿を眺めていたミセリは、内心で溜息を吐いた。
失望の溜息ではなく、緊張から来る溜息であった。
告白した翌日に熱を出して寝込まれてしまった事が、ミセリは心配だった。
それほど、彼に負担をかけてしまったのだろうか。

嫌われていないだろうか。
返事はどうなるのだろうか。
むしろ、返事をもらえるのかどうかが疑わしい。
少なくとも今のブーンの状態を見る限り、いい返事はおろかまともな返事も期待できない。

正々堂々と、本心からの答えがミセリは欲しかった。
数ヶ月前に独学で修得が済んだ授業には耳を傾けず、ミセリは思い返した。
ブーンに恋心を抱いたのは、小学三年生の時。
クラスにも馴染めず、友人さえいなかった時の事だ。

仕事が忙しく、両親の都合で海外に行っていた事が大きな理由だった。
当時のミセリは、アイドルの仕事がどのようなものかを正確には理解していなかった。
あまりにも漠然とした憧れからオーディションを受け、アイドルになった。
最初、ファンはでっぷりと太った大人や、病的な笑いを浮かべる人間だけだった。

何度も泣いて、何度も辞めたいと両親に言ったが、願いは聞き届けられる事は無かった。
ファンは金を落とす。
両親は金の為に、ミセリに過激な衣装とポーズを強要し、違法スレスレの写真集を出させた。
その甲斐あって、両親は高級車を三台所有する事が出来たし、ミセリも次第にまともな仕事を得られるようになった。

友人が欲しかった。
同年代の同業者は、ミセリを目の敵にして友達として認めてくれなかった。
逆に、虐めの対象となってしまった程だ。
唯一の逃げ場と信じていた学校でも、ミセリの人気を妬んだ女子生徒によって虐めは起こった。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:15:37.33 ID:Q9Vwam680

子供の虐めは残酷で、一年に三回以上の引っ越しをした事もあった。
上履きは一週間履き続けられれば上出来で、基本的に一日に一足がゴミ箱行きを余儀なくされた。
両親は噂が立つ事を懸念して、ミセリに我慢しろと強く諭した。
高級車は六台に増え、新たな一台が契約を済ませ、納車を待っていた。

学校で受けたストレスを少しでも和らげ、高級ブランドの新作を少しでも多く購入する為、母親は海外に行く事を決定した。
ミセリのストレスは少しだけ和らぎ、高級ブランドのバッグと服はそれぞれ10点増えた。
新たな引っ越し先で、ミセリは何ヵ月此処にいられるのだろうと思った。
どうせまた、虐めは起こるのだろう。

今度はどこに行くのだろうか。
そう云えば、前回はどこにいたのか。
土地に対する執着を失ったミセリは、嘗ていた場所の風景や匂いを完全に忘れていたが、虐めの内容だけは忘れなかった。
昼休み、陰鬱な気持ちで学校に向かい、余計な行動は何もしまいと黙っていた時の事。

一人の少年が、挨拶をしてきたのが始まりだった。
ブーンの第一印象は、優しそうな人、と云うだけだった。
話し方にも態度にも、見かけにも棘が無い人間をこれまで見て来たが、ブーン程優しそうな人は初めてだった。
そして、ミセリの手を取って遊びに誘ってくれたのも、ブーンが初めてだった。

あの時、手を伝って感じた温もりを、ミセリは生涯忘れないだろう。
心が救われ、洗われた様な心地を、ミセリは今でも思い起こせる。
初めての友人はブーンだった。
初めて好きになった人間も、ブーンだった。

チョコを作ったのも初めて。
告白したのも初めてだった。
フラレたのも初めてだった。
兎に角、ブーンはミセリにとって、初めての人間だった。

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:18:29.43 ID:Q9Vwam680

勇気をくれたのも、ブーンだった。
断る勇気。
あの日、ブーンがミセリの告白を断った時に、ミセリは感じた。
自分の根底を偽らず、それを相手に伝える事の勇気を。

無理な仕事のスケジュールや気の向かない仕事を両親が押しつけて来た時、ミセリは拒否した。
可能な限り、学校に行く事を選んだ。
明るい将来の地盤作りではなく、ブーンに近付く為の道を選んだのだ。
事務所と相談し、新たに自分の口座を作り、そこにギャラを振り込むようにしてもらった。

仕事を辞めた両親はミセリの収入を充てにするしかなく、口座の暗証番号を教える様に言ったが、ミセリは応じなかった。
必要最低限の生活費以外は決して払わず、贅沢な暮しに慣れた両親は、仕方なく贅沢を控えるしかなかった。
それでも、贅沢癖は簡単には抜けず、新作のバッグが出たり、美味いと評判の高級料理店に行きたくなったりした時、両親はミセリに金を要求した。
言わずもがな、ミセリは笑顔で拒否した。

親子関係は冷たくなったが、ミセリは寂しいとは思わなかった。
今まで散々自分を利用していたのだから、これぐらいは妥当な罰だと考えたのだ。
一応育ててもらった恩があるので、生活費だけは出すが、一人暮らしが出来る年齢になった暁には、それすらも断つ。
後はどうぞご勝手に、だ。

中学生になったある日、ミセリは休日を友人のハローと共に、スワガー通りで過ごしていた。
そこで図らずも目撃してしまったのは、ブーンと美しい金髪碧眼の女性が二人きりで歩いているところだった。
後にブーンの姉であるツンだと発覚するまで、ミセリはずっと赤の他人同士、恋人同時であると勘違いしていた。
勘違いしてしまったのも無理からぬ話だった。

仲良く買い物、そして食事をしている様子を見て、恋人以外の何かに見える人間はいなかっただろう。
少なくとも二人が姉弟である可能性など、洞察力に自信のある探偵でも視野に入れなかったに違いない。
事実が発覚するまで、ミセリは長い恋の終わりかと考えたが、ドクオが事実を教えてくれた。
掴みかからんばかりの勢いでドクオに迫り、強引に答えを聞き出した事で、ミセリは一先ず安心した。

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:20:59.84 ID:Q9Vwam680
細かい事情は知らないが、兎にも角にも、二人は姉弟だと分かった以上、ミセリにもまだチャンスはある。
しかし、結果は既に分かっていた。
ブーンは、ミセリに興味を持っていない。
友人以上の関係には、きっとなれないだろう。

元々、部の悪い賭けだった。
小学校からずっとアプローチをかけていても、ブーンは気付く素振りすら見せない。
他に想い人がいるとしか思えない態度で、だが、優しかった。
その優しさは計算されていない、ブーンと云う人間が元から持っている優しさその物だった。

だから、ミセリはブーンが好きだった。
避けもせず、拒みもせず。
ありのままの自分で人と向かい合う。
誰にでも優しいから、それが歯痒くもあった。

優しさを独占したいと云う気持ちを持ってしまうのは、異性として仕方が無かったと、ミセリは振り返る。
人を惹きつけて離さない。
ブーンには、同姓でさえ惹きつけて止まない魅力があった。
一種の才能だ。

そんなブーンの視線と興味を独占しているのは―――これはミセリの推測なのだが―――、ブーンの姉であるツンだけだ。
この推測は昔からあったのだが、今ではそれは確信に変わっている。
ツンの引っ越しをきっかけに、ブーンの中の何かが壊れている様に見えた。
今こうして見ているだけでも、ブーンの精神状態が不安定なのがよく分かる。

以前までは、授業中に長時間物想いに耽る事は無かった。
ところが、今日は違う。
どの授業でもブーンの眼は虚ろで、何に対しても関心を抱いていない顔をしていた。
教師や他の生徒は病み上がりだから仕方がないと思っているが、唯一、ミセリだけがブーンの異常に気付いていた。

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:24:02.75 ID:Q9Vwam680


後ろの座席にいると、こうして様子を見る事が出来る。
教壇に立つとまた違った光景に移るだろうが、人間観察をするという点に関して云えば、この席がベストだ。
今受けている現代社会の授業は、主に板書をプリントに書き写す授業だ。
となれば、先に括弧を埋めてしまえば、思う存分人間観察が行える。

ミセリは机の中からスケジュール表を取り出し、ノートの上に広げた。
こうすれば、教壇からだとノートを見ているかのように教師には見える。
スケジュール表の月末の日曜日に、こう記載されていた。
選抜大会、と。

陸上部で唯一、ブーンが100メートルで選抜大会に出場する。
そしてこの日。
世界最速の男が極秘で大会を見に来る事を、ミセリは密かに知っていた。
大会まで、残り二週間を切っている。

この日までに悪い返事にしろ、良い返事にしろ、返事がもらえればいいのだがと、ミセリは溜息を吐いた。
結局、その日は返事をもらえなかった。



―――*  *  *―――




164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:26:44.71 ID:Q9Vwam680


その日の夜。
ドクオとジョルジュは、ファミリーレストランの隅の席で密談をしていた。
今し方、二人の計画段取りが決まった所だった。
  _
( ゚∀゚)「っつーわけで、確認するぞ。
    俺が最初。
    次に、お前の順番だ」

山の様に積まれたフライドポテトから一本取って、ジョルジュはそれを口に運んだ。

('A`)「りょーかい。
   で、勝算は?」

ケチャップにポテトをつけて、ドクオが尋ねた。
口の中のポテトを飲みこんでから、ジョルジュが答える。
  _
( ゚∀゚)「五割だ。
    だけど、準備万端の状態で、ようやくそれだ。
    知っての通り、あいつは筋金入りだからな」

('A`)「俺の準備次第か……」

ドリンクバーで注いできたオレンジジュースを飲んで、ドクオは溜息を吐いた。
溜息を吐いた割に、その顔には笑顔が浮かんでいる。
  _
( ゚∀゚)「いいじゃねぇか。
    お前だって楽しみなんだろ?」


166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:28:57.22 ID:Q9Vwam680

('A`)「そりゃあそうさ。
   それに、一応準備はしてきた。
   まずはこれを見てくれ」

横の椅子に乗せていた鞄から、A4の封筒を取り出し、机の上に中身を出した。

('A`)「これが、俺達の持つ〝切り札〟だ」
  _
( ゚∀゚)「……これがか?」

('A`)「あぁ、これがそうだよ。
   見つけるのは意外と簡単だった。
   何せ、その手の業界じゃ有名だからな。
   問題はその奥だ。

   幾ら有名でも、そう簡単に分からないことだってある。
   まぁ、少し苦労したけど、昨日、遂にそれが見つかったんだ」

ドクオが用意した〝切り札〟を見て、ジョルジュは首を傾げた。
重さにして数グラムにも満たない物が切り札だとは、にわかに信じられないと云った顔だ。
  _
( ゚∀゚)「だけど、これがねぇ……」

('A`)「それが切り口になる。
   揺さぶりには最適だ。
   揺さぶった後は……これだ」

新たにドクオが鞄から出したのは、B5サイズの封筒だった。


170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:31:08.68 ID:Q9Vwam680

('A`)「最初が肝心だから、ジョル兄は絶対にミスが出来ない。
   揺さぶりに成功したら、こいつを使えばいい。
   中身は家に帰って見てくれ」
  _
( ゚∀゚)「だけど、お前の番の時はどうするんだ?
    上手くいけるか?」

受け取った二種類の封筒を、ジョルジュは自分の鞄にしまった。
ドクオは美味そうにポテトを頬張り、おしぼりで手を拭いた。

('A`)「俺達の敷いたレールに沿って物事は進むさ。
   他にも準備はしてあるし、やれるだけの事はやった。
   おまけに、強力なバックアップもあるんだ。
   兎に角、スタートが全てだ。

   スタートさえ成功しちまえば後は……」

グラスに残ったオレンジジュースを飲み干し、ドクオは言った。



('A`)「ゴールまで行くだけだ」



―――*  *  *―――




175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:33:58.69 ID:Q9Vwam680

大会を六日後に控えた月曜日。
ブーンは遅れを完全に取り戻し、風邪を引く前の状態にまで体力と筋力を回復させる事が出来た。
放課後の部活動中、ブーンは狂ったように練習に励んだ。
今日から本番までの間は、筋肉を酷使することなく、甘やかす事のない練習が行われる。

本番に疲れを残してはいけない。
万全の状態を維持して、本番に挑むのだ。
スタート練習と軽い筋トレが主なトレーニング内容となる。
マネージャーや、同じ種目の人の力を借り、ブーンは本番に備えた。

中距離や大会に参加しない短距離の選手は、通常通りの練習をこなしていた。
試合会場となる陸上競技場では、大会開始前までは大会に参加しない選手も練習ができる。
土のトラックと、競技場の地面は全くの別物だ。
スパイクのピンを交換する事からも分かる通り、競技場の地面はゴムの様に柔らかい。

着地の感触も、何もかもが違う。
唯一似通っているのが、スタブロの感触だけ。
だからこそ、スタートの練習に力を入れた。
短距離走において、ブーンの最大の強みはスタートダッシュだ。

反射神経とそれについて行くブーンの筋肉。
研ぎ澄まされた敏感な感覚が、スタート直前の空気を正確に読み取る。
音を聞く直前にブーンの体は反応し、音が鳴ると同時にブーンの体は誰よりも先に動いている。
フライングと判断されないのは、完璧なスタートを見せているからである。

専門家たちが挙ってブーンのスタートの映像を見たが、過去に一度のフライングも犯した事はない。
脳から筋肉に伝達する速さとスタートが一致している為、フライング等と云うミスは犯さないのだ。
これは完全に天性の才能で、練習で培える物ではない。
感覚を少しでも取り戻す為に、スタート練習を徹底的に行った。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:37:06.86 ID:Q9Vwam680



だが、体力や筋力と違い、感覚を取り戻すのは至難の業だ。
現にブーンは、スタートの感覚がまるで取り戻せないでいた。
どのようにしてスタートしていたのか。
全く、思い出せなかった。

マネージャーのミセリがスターターだからと云う理由ではなく、何も分からないのだ。
試しに別の人間に頼んだが、結果は同じだった。
耳で聞いて、ようやくスタートする。
普通のスタートしか出来なかった。

石を投げるスタートも試したが、何も変わらない。
それだけならまだしも、最大で半秒近くもスタートが遅れてしまう有様だ。
ブーンはそれから大会までの五日間。
一度も納得のいくスタートを行う事が出来なかった。




ミセリの告白に対する返事も出来ないまま、大会当日を迎えた。




―――*  *  *―――




180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:39:31.73 ID:Q9Vwam680
ツンの家に突然の来訪者があったのは、選抜大会六日前の正午の事であった。
インターホンで応じて帰って来たのは、懐かしい声の主だった。
顔は見えなくとも、誰が来たのかは直ぐに分かった。
  _
( ゚∀゚)「こんちゃーっす」

ξ゚⊿゚)ξ「何? 何か用?」
  _
( ゚∀゚)「ちょうど近くに来たからよ。
    久しぶりに会ったんだしさ、話でもしようぜ」

確かに、久しぶりと言えば久しぶりの再会だ。
断る理由も無いので、ツンは鍵を開けてジョルジュを家に入れた。
この時にツンが気付くべき点は、二つあった。
迂闊にもツンは、その二点に気付けなかった。

一点目。
どうやって、ジョルジュはツンの家を特定したのかと云う点。
両親以外に口外していないのに、どの様にしてここに現れたのだろうか。
それに気付けば、少しは状況が変わったかもしれない。

二点目。
家にジョルジュが上がる際、後ろ手で静かに鍵を閉めたと云う点。
あまりにも自然な行動に、例えツンが正常な精神状態だったとしても、気付けなかっただろう。
そしてその理由が如何なる物なのか、幼馴染としてしかジョルジュを見ていないツンには考え付かなかった。


―――選抜大会六日前、17時。



184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:42:47.06 ID:Q9Vwam680


結果から言えば、ドクオとジョルジュの計画は成功だった。
綿密に練った計画は、予想通りの展開を見せた。
多少の力技が必要だった事も、計算の内だった。
その辺はジョルジュが解決してくれたので、ドクオが到着する頃には事が終わった後だった。

ジョルジュの次は、ドクオが楽しむ番だった。
とは言え、不安定な状態のツンを前にしては、少しばかり気が引けた。
ここまで来て、後ろに引くわけにはいかない。
予定通り、用意していた道具を使う事にした。

道具を前にして、ツンの表情が変わった。
ドクオは嬉しかった。
学校に休む連絡をしていて本当に良かったと、ドクオは思った。
これからが長いのだから。


―――選抜大会前日、21時。


もう、動く気力さえなかった。
交替で買い物に行くのを除けば、ドクオとジョルジュは常にツンの家にいた。
そして、動きっぱなしだった。
足腰は震え、全身が気だるかった。

欲望を満たすのはいいことだ。
実にいい事だ。
計画実行まで、欲望を押さえて我慢した甲斐があったと云うものだ。
だが、満たし過ぎは体に毒だ。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:44:59.95 ID:Q9Vwam680


現に今二人が荒い息で地面に横たわっているのは、欲望を満たし過ぎた代償だ。
今後一ヵ月は、何もする気が起きなさそうだ。
だが、まだだ。
まだ、計画は終わっていない。


二人は重い腰を上げた。
寝不足が祟って、意識はハッキリとしない。
この五日間まともに寝ていないのだから、当然の結果だ。
計画を達成する為には、睡眠は最低限で動き続ける必要があった。


その甲斐あって、ツンは二人が思った通りに動く様になった。
兎に角今は、この汗臭い体をどうにかしようと、二人はツンの家を後にした。




―――*  *  *―――





189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:47:25.90 ID:Q9Vwam680

大会当日の朝、ブーンは自分が寝不足になっていない事にまず驚いた。
久しぶりに、懐かしくて気持ちの良い夢の見る事が出来たからだと、ブーンは考えた。
いない筈なのに、ツンの存在を身近に感じ、夢の中では添い寝をしてもらっていた。
頭を抱きかかえられ、優しく髪を撫でられる夢だ。

思えば昔は、ツンがよくそうしてくれていたのだ。
寝ぼけて布団に潜り込んだ時、怖くて布団に潜り込んだ時。
ツンはいつでも、ブーンを抱きしめてくれた。
あの優しさに抱かれていると、どんな事があっても眠る事が出来た。

目覚めは良好、気分は複雑だった。
夢を見て嬉しい半面、大会とミセリに対する返事、そしてツンの不在と云う負の状況がブーンを悩ませていた。
少なくとも今日中には、ミセリに返事をしなければ。
例えそれが肯定的な返事にしても、否定的な返事にしても、だ。

ミセリの事は好きだが、恋愛対象としての好きではない。
友人として、良き相談相手として、ブーンはミセリが好きだった。
大会の時は、いつもより早めに目を覚まし、静かに準備をする。
前夜に荷物は用意してあったので、着替えて朝食を取るぐらいだ。

朝の六時。
ブーンはパジャマ姿のまま、静かにリビングに向かった。
すると、絨毯の上に猫の様に丸くなって寝ていた人が、のそり、と顔を上げた。

(#´;;-`)「……ブーンか」

まだ眠そうな目をこすり、ブーンの父親、でぃが起き上がった。

( ´ω`)「おー、お父さんおはようだお」

193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:50:30.84 ID:Q9Vwam680

(#´;;-`)「今日は大会なんだろ? 何時から走るんだ?」

( ´ω`)「10時ぐらいだお」

(#´;;-`)「そうか。 自分の好きに走って来い」

でぃがのしのしと台所に行っている間に、ブーンは席についた。
湯気の上がる白米と味噌汁、そしてシバ漬けとお茶を盆に乗せて持って来てブーンの前に置いた。
くしゃり、と頭を撫でて、でぃはのしのしと寝室に戻って行った。

( ´ω`)「いただきます」

一人だけの食事。
静かな朝。
寂しい風景だった。
聞こえるのは鳥の声と、食器と箸が触れる音ぐらいだ。

( ´ω`)「……スズッ」

熱い味噌汁を啜る。
鰹だしと合わせ味噌、そして具から染み出した仄かな味。
豆腐と油揚げと云うシンプルな具だが、味は複雑だった。
答えは、合わせ味噌にあった。

デレデレが気に入った味噌を混ぜて作り上げた、この合わせ味噌。
詳しい事は知らないが、昔からこの味が変わる事はなかった。
言わば、デレデレの味だ。

( ´ω`)「……ハモッ」

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:52:49.38 ID:Q9Vwam680

白米を一口。
水加減良し、炊き加減良し。
日本の食事は米に始まり米に終わる、とよくデレデレが言っていたのを、ブーンは思い出した。
腹もちもいいし、何よりも美味い。

噛めば噛むほど味が出るし、日本食との相性もいい。
もう一口味噌汁を啜り、口の中でよく噛んで、飲み下した。
シバ漬けに箸を伸ばす。

( ´ω`)「……パリィッ」

これが、憎い程に美味い。
シソの風味、適度な塩気と酸味、そして甘みの融合。
驚くほどご飯が進み、ご飯が進むとシバ漬けをまた一枚、また一枚と食べて行く。
合間に味噌汁を挟み、均等に食べ進めた。

( ´ω`)「……オフゥ」

満腹と云う事も無く、腹八分目で朝食は終わった。
用意されていたお茶を飲んで、ブーンは食器を片づけ、部屋に戻った。
ユニフォームを履いて、その上にジャージを履き、着替えを終えた。
安全ピンがある事、スパイクがある事、ピンがある事を再確認した。

思いつく限り、忘れ物はない。
洗面所に行って顔を洗って歯を磨き、財布と携帯電話を持ってそっと家を出て行った。
天候は晴れ。
真っ白な雲が幾つも浮き、日差しは柔らかく、風は温かい。



203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:55:56.28 ID:Q9Vwam680

春らしい陽気だ。
絶好の陸上日和である。
日曜日の朝早くと云う事もあり、駅には人はあまりいなかった。
電車での移動中、ブーンは一つ気付いた事があった。

緊張していない。
何も、何一つとして不安に思ったりしていない。
違う。
大会を前にして、何も考えていなかったのだ。

普通なら、期待や不安があるのだが、文字通り、何も感じていなかった。
実感が湧かない。
選抜大会を経て、関東大会に出場すると云うのに。
関東大会出場は、ブーンにとって大きな意味を持っていた。

ツンに追いつく為の、唯一の足掛かりだったのだ。
陸上関係者がブーンのタイムを見て興味を持てば、それだけで知名度は上がる。
知名度の上昇に伴い、大学からもオファーが来るようになる事を、ブーンは知っていた。
期待しているのは、ツンの進学した大学からのオファーだった。

そうすれば、ブーンは入学試験を受けずとも大学に入学する事が出来る。
国内最難関の大学に進むには、正攻法では駄目なのだ。
横道から攻めなければ、ブーンはツンのいる大学に進む事は出来ない。
不順極まりない理由だったが、事実、ブーンは追いつくと云う一心で此処まで来ていた。

ここでその歩みを止めるのも、一つの手段ではないだろうかと、ブーンは考えた。
しかし。
どうしても、ブーンは歩みを止めたくはなかった。
これまでの自分の生き方を否定するのだけは、絶対に嫌だったからだ。

206 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 22:57:59.13 ID:Q9Vwam680
電車が目的の駅に到着し、ブーンはそこから徒歩で会場に移動した。
会場は駅から遠く、近くにコンビニなどが無い二点を除けば、非常に優れた会場だった。
陸上部の中で最初に会場入りしたと思ったが、ブーンより先に場所を取り、テントを張ろうとしている者があった。
マネージャーのミセリだ。

背の低いミセリ一人では、テントが上手く張れる筈がない。
悪戦苦闘しているミセリは、ブーンの接近に気付けなかった。

( ^ω^)「おはようだおー」

ミセ*゚ー゚)リ「あ、ブーン君おはよー」

作業を止め、ミセリが笑顔を浮かべて挨拶した。

( ^ω^)「ありゃ? まだミセリちゃんだけなのかお?」

ミセ*゚ー゚)リ「うん、ちょっと早く来すぎちゃって」

( ^ω^)「テント張るの、手伝うお。
      まだ時間あるし」

ミセ*゚ー゚)リ「ありがとう、ブーン君」

こうして二人で作業を進め、ブーンは軽くアップをしてから柔軟体操を行った。
その間ミセリは、プログラムを貰いに大会本部に向かっていた。
まだ人は疎らだったが、来ている人達は練習に忙しかった。
マイクテストの音と走る音が、如何にも大会らしい空気を作りだしている。

大きな運動公園の中央に位置する陸上競技場の周囲は静かで、車の音もあまり届かない。
柔軟体操を終えて、ブーンがなんとなく横になってストレッチを行っていると。

210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:02:03.15 ID:Q9Vwam680


ミセ*゚ー゚)リ「マッサージしようか?」



プログラムを手に戻ってきたミセリが、そんな声をかけて来た。
断る理由もなく、ブーンは素直に頷いた。
うつ伏せになり、その腰の上にミセリが乗っかる。
背中を指で押してもらったり、足を揉んだりされている内、ブーンは気持ちがよくなってきた。



ミセ*゚ー゚)リ「ブーン君」


( ´ω`)「おー?」


ミセ*゚ー゚)リ「悔いの無いように、今まで通りに走ってね」



意味深なミセリの言葉は、直後に行われた痛みを伴うマッサージで頭から消えた。



―――*  *  *―――



213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:04:20.28 ID:Q9Vwam680

ミセリのマッサージのおかげで頭が冴え、体は万全の状態となった。
心以外、ブーンの状態は完璧だった。
第一試合が始まる前に、ブーン達参加者は移動を始めていた。
道中、ブーンに話しかけてくる同じ種目の生徒が数人いた。

当たり障りのない返答をして、ブーンは精神を集中させた。
スタートさえ、スタートさえ上手くいけば。
そうこうしている内に、いよいよ100メートル走の順番が廻って来た。
一度聞いたら忘れられないラッパの音が鳴り、先に準備をしていた競技者がスタートラインにつく。

右手にある観客席から声が消え、大会に参加する学校の方からも声が無くなった。
静寂を破る火薬の破裂音。
一斉に走り出す五人の選手。
そして、歓声。

この試合で次の準決勝に残れるのは、一着と二着の選手のみ。
先に進む為には、何が何でも勝つ必要があった。
第一走で一着だった選手は、明らかに流して走っていた。
彼がこの大会でブーンに次いで注目されている、中国から来た短距離界の貴公子。


( `ハ´)


劉・シナー。
彼の走りを見た数名の短距離選手がプレッシャーを感じているのを、ブーンは悟った。
圧倒的な疾さを見せつけられた上に、ブーンまでいると云う、実力差からくるプレッシャーだ。
それから二組が走り、ブーンの番がやってきた。


221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:07:05.83 ID:Q9Vwam680

会場の空気が変わった。
期待に胸を膨らませ、ヒーローか何かが登場したと勘違いしている。
その期待が、ブーンには苦しかった。
スタブロを調整し、足を叩いて刺激を与え、ゆっくりと位置につく。

声が消える。
緊張が訪れる。
上手く走れるだろうか。
スタートは大丈夫だろうか。

頭の中で不安が渦巻き、集中力は散漫になっていた。
だから、それは必然だった。
いつもは音と同時にスタートしているブーンが、音を聞く前にスタートしてしまったのだ。
暴発、フライング。

すぐさま赤い旗が挙げられ、フライングを告げる。
これで、後が無くなった。
会場がざわめく。
ブーンの心が動揺し、動悸が激しくなる。


(;゚ω゚)


焦る心を押さえ、ブーンは気持ちを落ち着かせた。
次こそはと改め、耳に意識を集中させた。
今度はフライングこそしなかったものの、最悪のスタートとなってしまった。
音を気にするあまり、いつも通りのスタートが出来なかったのだ。


225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:10:04.62 ID:Q9Vwam680




完全に出遅れてしまった。
五人中二番目にスタートしたブーンは、最終的に二着と云う結果に終わった。
辛うじて準決勝に進めるが、準決勝では一着の選手だけが決勝に進める。
もう一度この様な失敗をしたら、もう、そこで終わる。






一時間後に行われる準決勝まで、ブーンの心は安定しなかった。





―――*  *  *―――






228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:12:34.53 ID:Q9Vwam680

試合を見ていたその人物は、大きな溜息を吐いた。
溜息には二つの意味があった。
安堵と、そして落胆だ。
もう少し疾いと思っていたのだが、今の走りは酷い物だった。

とは言え、まだ披露の機会は残っている。
準決勝で上手く進み、決勝で本気の走りを見てみたい。
折角期待して見に来ているのだから、もう少し頑張ってもらわなければと、その人物は思った。
サングラスの下から覗く瞳は、ブーンだけを見ていた。

わざわざここまで来たのだから、彼の実力を見ない事には帰れない。
後ろの方から、いつものように囁き声が聞こえる。

「……なぁ、あの人達ってガイジン?」

「そうっぽいよな、ちょっと見てこいよ」

「えーやだよ、なんか怖いじゃん」

日本人の多くはどうしてこうなのだろうかと、その人物は腕を組んで考えた。
典型的な外国人の姿をしている自覚はあるが、それに何の意味があるのだろうか。
街を歩けばいつもそんな声が聞こえてくるし、興味本位で声をかけて来る愚か者もいた。
とぼとぼと学校のテントに向かうブーンの後ろ姿を見て、その人物は思った。

まだ、ここで終わるな、と。


―――*  *  *―――


231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:15:55.78 ID:Q9Vwam680

続く準決勝を前に、ブーンは心を決めた。
この試合で、負けよう、と。
勝って進んだ所で意味がない事に、先程気付いたのだ。
自分は利口な決断を下したと、ブーンは自惚れた。

早めに諦め、無駄な努力をしないで済むのだ。
無駄を削ぎ落とし、必要な事だけをすればいい。
家に帰ったら、自分の学力でも進学できる大学に目を付けておこうと決めていた。
もう、頑張るのは疲れた。

諦めれば楽になれる。
諦めれば、もう苦しまなくて済む。
悲しい思いも、辛い事もない。
頑張り続ける事に比べれば、プラス面が多い。

心ここにあらずの状態でスタブロを調整し、適当に感覚を確かめる。
長年に渡って繰り返してきた作業に、ミスは一つも無かった。
後は走る姿勢だけだ。
わざと転んだりすれば、言い訳も出来る。

殆ど自分の意志とは関係無しに体が位置につき、脳から余計な思考を消し去った。
スターターピストルが空に向けられた、その刹那。
ブーンの感覚が、反応した。
聴覚や視覚ではなく、嗅覚が反応した。

スタートの合図からコンマ1秒遅れてのスタートだったが、最初にスタートしたのはブーンだった。
何故。
どうして。
負けようと思っていたのに、体は、それを裏切って最適な走りで一位を保ったまま、ゴールラインを越えた。

237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:20:06.61 ID:Q9Vwam680


走り終わった後で、ブーンは会場を見渡した。
見える筈がない。
いる筈がない。
なのに、確かに感じたのだ。

アナウンスが休憩を告げる。
一緒に走った選手が、ブーンと握手を交わす。

(`・ω・´)「ブーン君、次の試合、頑張ってくれよ!
      僕も、僕の学校の皆も君を応援してるから」

頷いて、ブーンはもう一度会場を見たが、諦めて学校のテントに向かって歩き始めた。
先程、スタート直前。
ブーンの嗅覚は、確かに捉えていた。
懐かしく愛しい匂い。




―――ツンの匂いを。




―――*  *  *―――




241 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:22:09.31 ID:Q9Vwam680
決勝は午後の二時からと云う事もあり、この昼休憩の間、ブーンを初めとする皆は昼食を取る事した。
が。
ジャージに着替えたブーンは致命的な事に気付いた。
弁当を忘れてしまったのだ。

いつもはコンビニで買うか、デレデレが持たせてくれるものだったが、今日に限って、それを忘れてしまった。
部員の殆どがブーンが試合に出ている間に昼食を済ませ、この時間でトラックを使った練習をしていた。
誰かに恵んでもらう事も出来ないと云う、正に非常事態だ。

(;゚ω゚)「ど、どどど、どうしよう……」

食事はエネルギーであり、走る原動力になる。
空腹で運動をしていい結果が残せる筈もなく、ブーンは焦った。
部員の一人が尋ねる。

( ・`ー・´)「どうしたんだい? IQ84の僕に相談してみなよ」

(;゚ω゚)「お弁当、忘れちゃった……」

それを聞いた他の部員達が、声を合わせて驚いた。

(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !! (`・д´・ (`・д´・ ;)

(;゚ω゚)「こ、コンビニまでどのぐらい離れてるのか分かるかお?」

(; ・`ー・´)「5キロぐらいだったような……」

こんな間抜けな話があるだろうか。
折角決勝に出場するのに、昼食を忘れて全力が出せなかったなんて、笑い話にしかならない。
極力動かない様にして、体力を温存させようにも、ブーンの腹は黙っていない。

244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:25:38.99 ID:Q9Vwam680

(;゚ω゚)「おうふ……」

マネージャー達が異常に気付き、近寄って来る。

ミセ*゚ー゚)リ「ブーン君、どうしたの?」

川 ゚ -゚)「腹でも痛いのか?」

('、`*川「怪我でもしたの?」

(;゚ω゚)「お弁当、忘れちゃったんだお……」


ΩΩΩ<なっ、なんだってー!?


('、`;川「お、おおお、落ち着け、落ち着くのだ、皆の衆」

ミセ;゚д゚)リ「まずはペニちゃんが落ち着こうよ!」

('、`;川「何か食料を持っている人はいないの?」

誰も首を縦に振らず、手を挙げない。
あっても、飴かガムだけだった。

ミセ;゚-゚)リ「ど、どうする? 今からコンビニに行けば間に合うよね?」

川 ゚ -゚)「間に合う事には間に合うけど、往復で山道を5キロだぞ?
     帰ってくる頃にはギリギリだ」

246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:28:28.08 ID:Q9Vwam680

一瞬にして、場の雰囲気が重く、暗い物になる。
最悪だ。
忘れ物が、ここまで手痛い被害をもたらすとは。
炭酸飲料で空腹を誤魔化すと云うアイディアが出たのは、テントの前に一人の男が現れたのと同時だった。

アイディアを出したミセリと半ば涙目のブーンにとって、その男は懐かしい存在だった。


('A`)「よぅ。 お久しぶり」


(;゚ω゚)「ど、ドクオ! どうしてここに?!」

('A`)「まぁまぁ、そんな事はどうでもいいじゃねぇか。
   愛の電波をキャッチしたってことにしておいてくれ。
   ところで、昼飯はもう食ったか?」

(;゚ω゚)「そ、それがまだ……」

('A`)「そうかい、そいつは良かった!
   実はな、お前に届ける物があるんだよ」

そう言ってドクオは、背負っていた鞄から布に包まれた小さな箱状の長方形の物を取り出した。

('A`)「弁当だ」

ブーンは半信半疑でそれを受け取ったが、確かに、二段重ねの弁当箱の形をしている。
しかし、一体誰がこれをドクオに持たせたのだろうか。
その時に思い浮かんだのは、一人だけだった。

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:30:47.78 ID:Q9Vwam680


('A`)「それじゃあ、俺は観客席で見させてもらおうかな。
   ……っと、その前に。
   ブーン、ちょっと俺と向こうに行こう。 飯を食うのにいい場所があったんだ。
   そこでなら集中できるだろ」


有無も言わさず、ドクオはブーンを連れてその場から移動した。
連れて行かれたのは、全く人気のない木陰だった。
確かに此処でなら、人目を気にせずにゆっくりと食事ができる。
ドクオはブーンの事を気遣って、ここまで連れて来てくれたのだ。


( ^ω^)「ドクオ、本当に助かったお!」


('A`)「はははっ、気にする事はない。
   それよりな、ブーン」


( ^ω^)「お?」




252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:33:01.92 ID:Q9Vwam680


('A`)「その弁当、残さずしっかり食べろよ。
   何せ、愛情の桁が違うんだ」


( ^ω^)「? そんなの分かってるお」

('A`)「まぁ、それならいいんだけどよ」

暫く無言になって、ドクオが意を決したかのように言った。

('A`)「ブーン」

( ^ω^)「どうしたんだお?」


('A`)「前を見て、真っ直ぐに走れ」


それだけ言うと、ドクオは会場に戻って行った。
ブーンはドクオが言おうとした真意を考えようとしたが、今は昼食を食べる事を優先した。



―――*  *  *―――




254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:35:44.89 ID:Q9Vwam680

午後二時。
いよいよ始まる決勝戦を前に、劉・シナーは興奮状態にあった。
25種類に及ぶ薬物の投与によって得た筋力と興奮作用によって、今やシナーは、爆発を待つ爆弾その物だった。
呼吸は荒く、心臓は異常な程の速さで鼓動を刻み、全身を駆け廻る血は熱く煮えたぎっている。

幼少期より英才教育を施され、結果を出す事だけを生きる目的にしてきたシナーに、負けは許されない。
何をしてでも、誰よりも疾く走ればそれでいいと云うのが、彼の考え方だった。
留学生制度によって日本に来たシナーは、日本の治安の良さと人の良さに驚きを隠せなかった。
国で教わって来た日本人に対する偏見は、一年の生活の間で無くなった。

日本製のスパイクに、日本製のユニフォーム。
そして、アメリカ製の薬物。
負ける気がしない。
有象無象の輩が集まろうとも、今のシナーは最高の状態にあるのだ。

科学の力、装備の力。
体が火照り、放送はまだかとシナーは落ち着きなく周囲を見渡した。
隣のレーンで準備をしている日本人を見る。
この日本人にだけは、人種とか国の事は関係無しに勝ちたかった。


負けたくない、ではなく勝ちたい。
生来のハングリー精神が、シナーを奮い立たせた。



257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:38:26.44 ID:Q9Vwam680


( `ハ´)「ブーン君」


( ^ω^)「お?」



( `ハ´)「今回は、ワタシが勝つアルよ」


( ^ω^)「……僕は、誰よりも疾くゴールするお」



無言でシナーが向けた拳に、ブーンが拳を合わせた。
宣戦布告は成功だった。
そうこなくては、面白くない。
満足げにスタブロの調子を確認し、待機した。


五人の走者は、静かに爆発の瞬間を待っていた。



―――*  *  *―――




258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:40:40.17 ID:Q9Vwam680


風は横からの微風。
会場は静まり返り、固唾を飲んで五人を見守っている。
この地区で最速の男が決まる。
100メートルと云う距離を、どれだけ疾く走り切れるのか。

たったそれだけを追求する競技。
戦略も戦術も無い。
小細工を弄せず、持ち前の力だけで勝負する。
人は、どこまで疾く走れるのだろか。

五人が位置についた。
スタブロに足を乗せ、何かに祈る様に待った。
五人が腰を上げた。
スターターピストルが、苛立たしい程にゆっくりと空に向けられる。

永遠に続くかと思われた静寂は、火薬の音と共に破れ去った。
選手が一斉にスタートしたかに見えたが、スローモーションカメラの映像は、真実を映し出していた。
最も疾くスタートしたのは、青いハチマキを締めたブーンだった。
遅れてシナー、そしてその他三人と云った具合だ。

歓声が十字砲火の様に浴びせかけられる中、先頭を走るのはブーンだった。
半歩遅れてシナーが続き、後続の三人との差は瞬く間に広がった。
先頭の二人は、一歩も譲らぬ走りを見せていた。
両者には、両者の想いがあった。



260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:42:53.43 ID:Q9Vwam680

―――シナーは負けるわけにはいかなかった。
負けてしまえば、高校を卒業した自分は国に帰らなければならなくなる。
日本の大学に進み、家族に仕送りをすると云う夢が叶わなくなる。
彼は、この走りに人生を懸けていた。

だからこれまでの試合では勝ち続けて来たし、これからも勝ち続けなければならなかった。
こんな所で負ければ、夢は断たれる。
あらゆる反則を駆使して、人生の為に走る自分が負けるなど、有り得てはいけない。
シナーが走る理由は、自分の為では無く家族の為だった。

―――ブーンは誰よりも疾く走りたかった。
コンマ1秒でも疾く走り、先へと進みたかった。
勝敗云々ではなく、同じレースを走る誰よりも疾い事が重要だった。
そうすることで、ブーンはコンマ1秒でも早く試合を終わらせられるからだ。

眼は前だけを見ていた。
耳は風の音だけを聞いていた。
口は固く結ばれ、酸素を拒絶していた。
愚かな程に真っ直ぐ前を向き、狂ったように疾く走る。

目的こそ違えども、両者は共に一着を狙っていた。
しかし勝者は一人だけしか選ばれない。
より疾い人間が。
そして、勝利を焦るあまりシナーは間違いを一つ犯してしまった。

息を一つ吸ってしまったのだ。
こうなると、もう駄目。
速度が一段階落ち、ブーンとの差が開く。
薬物の使用によって酸素が足らなくなり、ギリギリで息を吸ってしまったのだ。

263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:47:01.13 ID:Q9Vwam680

残る10メートル地点で、シナーは己の浅はかさと無力さを認めざるを得なかった。
もう、ブーンはゴールしていたのだ。
遅れてシナーがゴールし、全員がゴールした。
同じ瞬間を共有した者同士、熱い抱擁と握手が交わされた。



―――ブーンの記録が発表された瞬間、会場が湧いた。



アナウンスをした人間でさえ、興奮していた。
ここに、新たな記録が生まれた。
それは高校生記録を塗り替えただけに止まらず、もう一つの記録も塗り替えてしまった。
この試合で、ジュニア部門最速の男が変わったのだ。

最速の男が作り出した、追い風補正無しの記録。



―――タイムは10秒21(0.0)。



この日、ブーンは大会に参加した誰よりも疾く走る事が出来た。


―――*  *  *―――


265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:52:10.47 ID:Q9Vwam680
時間は決勝戦の30分前に遡る。

ブーンが昼食を終えて戻って来た時、彼の様子が変わった事に気付いたのは、ミセリだけだった。
そしてミセリは悟った。
今、彼は長年縛られていた枷から解放されたのだ。
ブーンから枷を外したのは自分でもドクオでもなく、別の人間である事も、同時に悟った。

しかし、ブーンにはまだ枷が残っている。
それが自分だ。
後一つ。
最後の枷を外せば、彼はいつも通りのブーンに戻るだろう。

自分がブーンに告白をした事によって、それがある種の枷になっている事は明白。
彼が自分の事を好いてくれてはいるが、それは恋愛対象に抱く者とは別の感情だ。
願わくは、ブーンが自分の事を恋愛対象として見てくれれば良かったのだが、それは無理だろう。
枷を外すと云う事は、ブーンに答えを貰う前にこちらで答えを口にすると云う事。

つまり、何も言われずとも自分の告白は破れ去った事を宣言すると言う事。
苦しくない筈がない。
辛いに決まっている。
決まっていても、ミセリはその道を即座に選んだ。

何故なら、ミセリは枷に縛られたブーンが好きなのではなく、いつも通りのブーンが好きだったのだから。
屈託のない笑顔と、裏表のない優しさ。
それを取り戻せるのなら、安い物だ。
意を決したミセリはブーンを呼んで、先程ドクオがブーンを連れて行った場所に向かい、話をした。

ミセ*゚ー゚)リ「ブーン君」

( ^ω^)「……ぉ」

268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:54:54.07 ID:Q9Vwam680

ミセ*゚ー゚)リ「好きな人を、大切にしてね」

たった一言。
これだけで、ブーンには意味が通じた。

( ^ω^)「……ごめんね、ミセリちゃん」

ミセ*゚ー゚)リ「ううん、ありがとう、ブーン君。
     逆に、これでスッキリ出来たから。
     ……さぁって、ブーン君!」

無理矢理声の調子を変えて、明るく振る舞う。

( ^ω^)「おっ!」

ミセ*゚ー゚)リ「走る準備はいい? コンディションは?」

( ^ω^)「勿論万全だお! 誰よりも疾くゴールしてみせるお!」

ミセ*゚ー゚)リ「そろそろ受付が始まる筈だから、行った方がいいよ」

( ^ω^)「うん、行って来るお!」

小走りで会場に戻るブーンを見送り、ミセリは湿っぽい溜息を吐いた。
妙にスッキリした気分で、ミセリは自分が清々しく思っている事に気付いた。
何もしないよりか、行動を起こして成功だった。
後で悔やむよりかは、余程真っ当な生き方だ。

ミセ*゚-゚)リ「……何か用?」

270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:57:11.09 ID:Q9Vwam680
背後に知り合いの気配を感じ、ミセリはそう言った。

('A`)「おぉ、こえぇ。
   いや、用って程じゃないだけどさ、ブーンが刺されたらどうしようって思っててね」

ミセ*゚-゚)リ「……」

('A`)「俺を恨むか?」

ミセ*゚-゚)リ「何で私がドクオ君を恨むの?」

('A`)「俺がブーンにおせっかいを焼いたからだよ。
   恨むなら好きなだけ恨んでくれて構わないけど、刺すのだけは勘弁な。
   まだやり残したことが山の様にあるんだ」

ミセ*゚-゚)リ「刺さないよ、まったく。
      でも、そうね……」

('A`)「ん?」

ミセ*゚-゚)リ「何が起きてどうなっているのか、それを教えてよ」

('A`)「まぁ、ここまできたら隠しても手遅れだしな。
   ちょっと話が長くなるから、大会が終わってからでいいか?」

ミセ*゚-゚)リ「うん、ちゃんと教えてよね」

('A`)「大丈夫、ちゃんと教えるよ。
   さぁて、シスコン野郎の活躍を見に行こうか。
   本当に楽しいのは大会の後だ」

271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/01(金) 23:59:18.15 ID:Q9Vwam680


―――*  *  *―――


会場の興奮が冷めたのは、全ての競技が終わり、夕陽が世界をオレンジ色に染め上げた頃のことだった。
高校二年生が生み出した記録を聞きつけたマスコミは、日本の陸上界の未来を担う青年を取材しようと殺到した。
テレビや雑誌、新聞やラジオの取材陣は学生の姿を探したが、どこにもいなかった。
記録を生み出した学生は何処かに消え去り、同じ学校の人間の証言では、さっさと帰ったとの事だった。

仕方なく取材陣は、同じレースを走った生徒にブーンの事について聞いて回った。


(`・ω・´)「風の様な人でしたよ、文字通りの風です」


これは後に、月刊スプリンターに掲載される事になった黛シャキンの言葉である。
インタビューの内容は、以下の通りだ。

(`・ω・´)「僕と一緒に走った時は、どこかにぎこちなさがあったんですけど。
      それでも、彼のフォームは綺麗でしたね。
      こう、何て云うんでしょうか。
      力みが最小限なんですよ。 走る以外に使う筋肉は極限まで緩めている様な、そんな感じです」

―――つまり、ブーンの疾さの秘密はフォームにあると?

(`・ω・´)「いや、それだけじゃないと思いますよ。
      走る事を仕事としていない、義務としていないから、きっとあんな風に走れるんでしょうね。
      羨ましいですよ、本当に。
      僕は勝てませんでしたけど、いい経験になりました。 僕の自慢の一つです」

273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:01:29.59 ID:niOhx3yU0

取材陣は次に、接戦を繰り広げた中国人留学生、劉・シナーを取材した。
テレビ、新聞、雑誌各社にマイクを向けられたシナーは、嬉しそうに中国語で答えた。
大手の新聞三社のスポーツ欄に掲載された言葉は、次の通りである。

( `ハ´)『彼は、普通のスプリンターとは違います。
     世界中どこを探しても、彼の様なスプリンターはいないでしょうね。
     私は祖国で数百人の人間と走りましたが、やはりいませんでした。
     先程シャキンさんがおっしゃったように、彼は走る事に対して執着していないんです』

―――執着、と言いますと?

( `ハ´)『究極的な話をすると、彼は走ると云う事に深い意味を持っていないんでしょうね。
     急いでるから、追いつきたいから。 だから、走るんですよ、彼は。
     走る必要があるから走る、ただそれだけの為に、彼は走っているんですよ。
     私はそう感じました』

―――ところで、彼と走った感想と云いますか、その辺りをお聞きしたいのですが。

( `ハ´)『私は……彼に勝つつもりで走りました。
     まず私が負けていたのは精神面で、次にスタートでした。
     想像できますか? 音と同時にスタートするのがどれだけ恐ろしい事か。
     羨ましい事に、彼にはその武器があります。 皆さんも知っての通り、彼のスタートは天才的です。

     僕等には、真似できないでしょう。
     勝つつもりで私は追いましたけど……まぁ、結果はあの通りです』


ふぅ、とシナーは溜息を吐く。


276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:03:45.50 ID:RzGk04a00


( `ハ´)『……でも、不思議な気持ちです。
     彼と共に走っていた時、私はありのままの気持ちで走る事が出来ました。
     映像や話でしか彼を知らない貴方達には、一生分からないでしょうね。
     私達はね、あの瞬間、別の物を見ていましたけど、同じ世界にいたんです。

     悔やむべきは、私が不純だった事です。
     もし次に機会があれば、その時は純粋な状態で、全身全霊で挑みたいと思います。
     私は、あの経験を人生で最も誇りに思っています』


〝偶然〟会場に来ていた世界最速の男、ラディカル・クックル・クーガーは、テレビ局の取材に対して以下の様なコメントを残している。


( ゚∋゚)『今度、是非彼と走って見たいですな。 彼はまだまだ伸びますよ。
    近い将来、日本人は必ず10秒の壁を突破します。
    間違いなく、彼がその最初の人間になるでしょう。 そして、人類で誰よりも疾く走る人間になるかもしれません』



―――*  *  *―――



278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:07:02.38 ID:niOhx3yU0

大会が終わり、ミセリとドクオの二人は地元のファミリーレストランで、店の隅にある四人掛けの席に座っていた。
席は曇りガラスで仕切られているので、誰かがミセリに気付いて騒ぎ出す事もない。
二人の間に置かれた山盛りのフライドポテトを食べているのはドクオだけで、ミセリはドリンクバーのコーラを飲むだけだった。

ミセ*゚ー゚)リ「で、何がどうなってるの?
      ブーン君、飛ぶように帰っちゃったけど。
      ねぇ、さっさと教えてよ、ねぇ?」

('A`)「そんな瞳で見つめないで、って、いだっ!
   脛を蹴らないで、痛い、痛いから!」

ミセ*゚ー゚)リ「……」

('A`)「……照れるぜ、リトルガール」

ミセ*゚-゚)リ「……ふんっ」


(;゚A゚)「おうふぁっ?!」


ミセ*゚-゚)リ「教えてよ」

(;'A`)「分かった、分かったよ。
   そうだな、それじゃあ……」

それからドクオは語り始めた。
静かに、決して周囲に聞こえない声で。
ミセリは体を前に動かして、話を聞いた。

279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:11:05.27 ID:u2gQbtT40

('A`)「俺ともう一人、ジョル兄って人が今回の話の計画者だ。
   俺達二人はブーン達と幼馴染でね、昔から一緒に遊んでたんだ。
   あの二人は本当に昔から仲が良くて、俺は羨ましかったよ。
   ブーンの野郎、恐ろしいぐらいの執念でツンさんを追って、今の高校にも進学したんだ。

   だんだん仲良くなるに連れて、二人は恋人みたいになった。
   で、だ。 家族って事を思い出したんだろうな。
   この国では近親相姦も近親婚も、アブノーマル中のアブノーマルだ。
   だからツンさんが引越しをした、ここまでは分かるか?」

ミセ*゚-゚)リ「うん。 ツンさんが引っ越したって事は知ってた。
      それで、ブーン君が熱を出して……」

('A`)「その通り。 あいつは10年以上積み上げて来た想いを捨てなきゃならなかった。
   結果としてはツンさんが先に身を引いて、ってことだ。
   これがまず、あの二人に起きてたことだ」


ミセリは無言で頷き、続きを促す。


('A`)「でもな、最初にあの二人を見た時から、俺はある事をずーっと考え続けてたんだ。
   ジョル兄も考えてたし、ミセリちゃんも考えてたはずだ。
   だから、どうにも二人の行動が変に見えててね」


これが話の核心である事を察したミセリは少しの間考え、口を開いた。



284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:14:19.29 ID:u2gQbtT40







        ミセ;゚-゚)リ「……あの二人が、本当に姉弟かってこと?」








288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:16:22.33 ID:u2gQbtT40

('A`)「そう、それだよ。 なんてったって、ブーンは見ての通りの〝黒髪と黒い瞳〟の日本人だ。
   だけど、ツンさんはどう控えめに見ても日本人じゃない。 〝金髪碧眼〟だ。
   母親と父親も金髪碧眼の外国人だ。 どう考えたって、血の繋がりがあるとは思えない。
   でもまぁ、姿が似てなくても苗字は一緒だし、家も一緒だ。

   そこで、俺は調べる事にしたんだ。 そうしたら、ある事が分かった」

ミセ;゚-゚)リ「ある事?」

('A`)「ブーンは確かにあの家、つまりデレデレさん達と関わりがあったんだよ。
   でも、本当の姉弟ではなかった」

手元のコーラを飲んで、ドクオは続ける。

('A`)「ブーンはある事件に巻き込まれて、あの家に家族として引き取られたんだ。
   しかも、ブーンはある方面の人達にとっては有名人なんだ」

ミセ;゚-゚)リ「事件……」


('A`)「ここまでもそうだけど、これから先も、俺が喋る事は絶対に口外しないでくれよ。
   俺はミセリちゃんを、そこいら辺の糞ビッチどもよりはずっと信頼してる。
   もし口外した事が分かったら、俺は容赦しない」


今までに感じた事もない威圧感に気押されたが、ミセリは自分の意志で頷いた。
ドクオは声量を一層落とし、ミセリにも辛うじて聞こえる程度の声で話を始めた。



290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:20:20.11 ID:u2gQbtT40

('A`)「……虐待だよ。 あいつが二歳になるまで、あいつの母親は育児放棄を繰り返したんだ。
   父親は分からないから収入も少ない。 それに、どうして自分が育児に時間を割かなきゃいけないのかってね。
   自分の時間を大切にして、男と遊びたいって理由で散々な事をしてきたんだ。
   そしてある日、その人はブーンを捨てて遊びに行く事にした。

   それからブーンが保護されるまでの一週間、その人は渋谷で豪遊してたってわけ。
   幸い、隣人がブーンの泣き声が聞こえないのを気にして警察に電話してくれたから、あいつは今こうしているんだ」

ドクオの口調は重々しく、所々に激しい感情が垣間見えた。
普段は飄々としていても、ドクオは友人の為に怒る事が出来る。
ミセリは少しだけドクオを見直し、話を聞いた。

('A`)「当然、母親は裁判に掛けられた。
   今まで何十回も育児放棄をしてきたし、手も出した。
   極めつけは身勝手な理由でブーンを一週間、下手したらそれ以上放置したんだ。
   その母親は刑務所行き。 懲役は……確か五年ぐらいだったな。

   そして、ここからが鍵だ。
   この日本じゃ、まだ30数件しかない宣告が下された。
   親権喪失宣告、つまり、親権の剥奪だ。
   親権が剥奪されたら、施設に行くか、それとも引き取られるかのどっちかになる。

   あいつの場合、父親が分からなかったから、施設か親族の二択だった。
   そこで、近い歳の娘がいるから引き取ると言ったのが、今の父親、でぃさん達だったんだ。
   ギリギリ親族だったからそれは通って、ブーンはあの家に迎え入れられたって訳だ」

暫く、ミセリは言葉を失っていた。
ブーンの笑顔の下には、想像した事もない悲惨な歴史があったのだ。
しかし、一つ疑問が浮かぶ。

292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:23:37.27 ID:u2gQbtT40

ミセ*゚-゚)リ「何でドクオ君がそこまで調べられたの?
      探偵でも雇ったとか?」

('A`)「よく考えれば分かる事さ……と言いたいところだけど、真面目に答えよう。
   俺が生まれるより前にあの街にいた人間に聞いたんだよ。
   そうしたら、ある日突然やって来た、とか虐待されていたらしい、って事を教えてくれたんだ。
   それをヒントにインターネットで調べて、ようやく見つけたんだ。

   それが、さっき言った虐待事件だ。 子供の年齢と事件の日付から逆算して、答えが出て来たってことさ」

ミセ*゚-゚)リ「街にいた人間って云うのは?」

('A`)「俺の姉貴達だよ。 当時は高校生だったからな。
   事情を説明したら、教えてくれたんだ。
   まぁ、これがあの二人の背景だ。 ここまではいいか?」

ミセ*゚-゚)リ「うん」

('A`)「まだ時間はある。 フライドポテトでも食べながら話を―――」

ドクオが喋っている途中でミセリは店員を呼び付け、さっさと注文した。

ミセ*゚ー゚)リ「すみません、このハバネロピザとジューシーチーズハンバーグをお願いします」

店員は笑顔で注文を復唱し、厨房に消えて行った。
間を開けて、ドクオは感心した様な、呆れた様な声を上げた。

('A`)「……わぉ、食うねぇ」


294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:27:06.54 ID:u2gQbtT40
ミセ*゚ー゚)リ「背景は分かったんだけど、当然、ドクオ君とそのジョル兄って人で何かをしたんでしょ?
      ねぇねぇ、何をしたの?」

('A`)「おや、さっきまでおっかない顔してたのに、この小娘、急に笑いおったわ。
   気になるのか?」

ミセ*゚ー゚)リ「もったいぶらずにさっさと言えよ、犬畜生が」

('A`)「悪いけど、並の女が凄んでも俺には意味ないよ。
   普通の男とは経験値が違うんだ。
   注文した料理が来たら喋るよ。 それまではいい子にしてなさい。
   ……こら、脛を蹴るな、足を踏むな! 止めなさい、痛いって、痛いから止めなさい!」

ミセ*゚ー゚)リ「ドクオ君、飲み物入れてきてあげるね」

('A`)「ありがたいけど、まだこのパインソーダは飲み途中なんだよ。
    ……って、もう持って行ってるし」

戻ってきたミセリの手には、ドクオのグラスがあった。
しかし、黄緑の液体がなみなみと注がれていた。
目の前に置かれたグラスを持ったドクオの額には、冷汗が浮かんでいた。

('A`)「はははっ、こんなにケミカルな飲み物がここにはあるのか!
   こいつぁコミカルな話だぜ!
   お味はどうかな、美味しく出来てるかな?
   飲むのが勿体なくて、明るい俺が思わずシニカルになっちゃいそうだよぉ!」

ミセ*゚ー゚)リ「さぁ、リズミカルに全部飲んで、ドクオ君」

(;'A`)「……ゴクリ」

296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:29:11.83 ID:u2gQbtT40

ミセ*゚ー゚)リ「唾じゃなくて、その液体だよ」



('A`)「ゴッ……ゴキュ……ゴキュッ……ゴモァッ!!」



ミセ*゚ー゚)リ「どう? 美味しい?」


('A`)「……それじゃあ、話を続けようか。
   焦らし過ぎは体に良くないからな」


一つ咳払いをして、ドクオは話を再開した。

('A`)「事の発端はジョル兄だった。
   あの二人には幸せになってもらいたい気持ちは、俺達に共通していた。
   だから、あの二人をどうにかもう一度くっつけられないかって事を相談されたんだ。
   お節介だって事は重々承知してたけど、流石にもう我慢できなくってね。

   動けないなら、こっちで手を出させてもらおうって事になったんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「うんうん」

目を輝かせて、ミセリはドクオの話に聞き入った。
内心でドクオは驚いたが、同時に嬉しくもあった。
この話は、これからが面白いのだから。

297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:32:29.55 ID:u2gQbtT40


('A`)「だけどその前に、やる事があった。
   俺達の勝手なお節介で家庭に問題が出るかもしれない。
   そこで、デレデレさんとでぃさんに相談したんだ。
   物事には筋ってものがあるからな。


   最初に電話をして、俺とジョル兄とデレデレさんで話し合いをしたんだ。
   切り出しはこうだ。 あの二人は惹かれあっているんですけど、って。
   そしたらビックリしたよ。
   向こうも同じ様な事を考えていたんだけど、って言われたんだ。


   後は計画を練るだけだった。
   全面的なバックアップをデレデレさんとでぃさんが請け負って、実行と進行は俺達に任せてくれた。
   ツンさんの引っ越し先の住所もそれで分かった。
   こうして準備は整ったんだ」


ミセ*゚ー゚)リ「でも、どうやって二人をくっつけようとしたの?
      相手は倫理を守るタイプなんでしょ?」



300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:34:45.67 ID:u2gQbtT40


('A`)「いいね、正にそうだよ。 俺達にしてみれば、それを突破するのが問題だったんだ。
   突破してしまえば、後はなる様になる。
   方法を考えた結果、俺達は正面から攻める事にしたんだ。
   そもそもの問題は、その倫理が守らなくてもいい倫理だってことだからな。

   正面から攻めるにあたって、仕事の分担をする事にした。
   俺が準備で、ジョル兄が先陣を切る。
   ブーンがツンさんの事を好いているって事は、ジョル兄がよく知ってるからな。
   真っ直ぐ正面から立ち向かう為には、俺の準備がどうしても必要だった。

   俺なりに調べて、その確認を両親にしてもらった。
   それがさっき俺が言った事件の話だ。
   当時の新聞記事を探して、ようやく一つだけ見つけたんだ。
   ブーンの名前が出ている記事をね。

   向こうもこれを知ってるって可能性はある。
   だからこそ、本当の姉として振る舞っていたんだろう。
   姉は家族だから、家族同士は恋をしてはいけないって思い込んでいるんだ。
   逆を言えば、それがなければいい。

   家族以外の人間が指摘すれば、そこにヒビが入る。
   間違っていないって云う事を教えるんだ。
   更に、家族の人間も咎めないと云う部分も強調すればいい。
   理屈を楯にしている人間には、理屈で攻めれば勝てる。

   一応、法的にも問題が無いって書かれた紙も用意したけど、それは使わないで済んだらしい」



303 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:37:41.49 ID:u2gQbtT40

ドクオが長々と喋った所で、丁度、ウェイトレスが料理を運んで来た。
二皿ともミセリの前に置いて、ウェイトレスは軽くお辞儀をしてその場を去った。
喋りつかれたドクオはグラスを持ってドリンクバーに向かい、オレンジジュースでグラスを満たして戻ってきた。
驚いた事に、ミセリはピザを切り分けて皿に乗せ、ドクオにその皿を差し出した。

ミセ*゚ー゚)リ「まぁ、ここまでのチップと云う事で」

('A`)「こいつぁどうも」

辛いピザを食べ、オレンジジュースで流し込んだドクオは、ミセリの準備が整うのを待った。
熱いうちにハンバーグを切り分けて食べるミセリを見て、ドクオは頭の中で話を整理していた。
長い話を分かりやすく説明するには、順序良く話すのがコツだ。
舌がまだ辛さで痺れている中、ミセリは上品にハンバーグを食べ、コーラを飲んだ。

('A`)「……ふむ」

まだ少し食べるのに専念しているだろうと考え、ドクオは空になった自分のグラスを持ってドリンクバーに向かった。
置かれていたもう一つのグラスに水を入れ、席に戻った。
水をミセリの前に置くと、ミセリが意外そうな顔でドクオを見た。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、ありがとう」

('A`)「気にするな。 さっき美味しいジュースを貰ったからな。 そのお礼だ。
   意地悪するつもりはないから、ゆっくり食べてていいぞ」

無言の食事が終わりに近づいたのは、それから20分ほど経過してからの事。
口元を拭ったナプキンを置いて、ミセリはドクオを真っ直ぐに見た。

('A`)「それじゃあ続きを話そう」

304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:40:28.82 ID:u2gQbtT40
―――*  *  *―――

時は大会の六日前に大きく遡る。

ジョルジュがツン家を訪れ、机を挟んで一時間ばかり話し込んだ。
内容は当たり障りのない物で、近況や友人の話が主だった。
話の方向性は過去に向けられていて、ツンはそれに気付いていない様子だった。
小学生時代の話が終わってから、ジョルジュは計画通りに動いた。
  _
( ゚∀゚)「なぁ、ツン」

ξ゚⊿゚)ξ「何? 帰るならどうぞ」
  _
( ゚∀゚)「お前、ブーンの事どう思ってるんだ?」

単刀直入な言葉は、一撃でツンの心を揺さぶった。
それでも動揺が顔に出ないのは、彼女がブーンの前で常に鉄仮面を被っていたからだ。
幼馴染にして親友のジョルジュは、その動揺を見逃さなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「別に、ただの弟よ」
  _
( ゚∀゚)「そうじゃねぇよ。 お前はあいつの事好きなのか?」

机の上に身を乗り出して、ジョルジュは尋ねた。

ξ゚⊿゚)ξ「えぇ、家族だからね」
  _
( ゚∀゚)「だったら、どうしてあんなに酷い事をしたんだ?」

ξ゚⊿゚)ξ「酷い事? 一体何の事よ」

307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:45:36.21 ID:u2gQbtT40
  _
( ゚∀゚)「あいつに何も言わずに、いきなり引っ越ししたんだろ。
    酷い事だろ」

ξ゚⊿゚)ξ「ブーンはもう子供じゃないのよ?
      いちいち教える必要があるのかしら?」
  _
( ゚∀゚)「家族なんだろ? だったら、教えるのが筋ってもんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「次からは考えておくわ。 話はそれだけ?」
  _
( ゚∀゚)「そろそろ自分の気持ちを隠すのは止めたらどうだ?
    隠し切れてるつもりだろうけど、バレバレだよ。
    お前は、ブーンに惚れてる。 そうだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「……何、言ってるのよ?
      家族に惚れる? 馬鹿じゃないの?」
  _
( ゚∀゚)「俺は馬鹿だとは思わないね。
    惚れたもんは仕方ないだろう」

ξ゚⊿゚)ξ「何を勘違いしているのかは知らないけど、頭がおかしいみたいね。
      早く病院に行けば?」
  _
( ゚∀゚)「なぁ、どうして誤魔化すんだよ?
    お前はブーンの事が、男として好きなんだろ?」

刹那。
ジョルジュは、ツンの動きが見えなかった。
ただ分かったのは、ツンの右手が閃き、自分の頬に痛みが走ったという事。

309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:48:51.90 ID:u2gQbtT40

ξ゚⊿゚)ξ「目は覚めた?」
  _
( ゚∀゚)「おはよう。 最初っから覚めてるよ」

ξ゚⊿゚)ξ「次はグーで殴るわよ」

ツンの頑なな態度に、ジョルジュは声を荒げた。
  _
( ゚∀゚)「好きだったら好きでいいじゃねぇかよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「黙ってなさいよ。 近所迷惑よ」
  _
( ゚∀゚)「好きな気持ちを我慢して、好きな人を傷つけて。
    こんなクソッたれな事、見てるこっちが嫌なんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「違うって言ってるでしょ!」
  _
( ゚∀゚)「いいや、違わないね!
    お前らは好きあってるのに、何で遠慮するんだよ、誰に遠慮してるんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「……お前ら?」
  _
( ゚∀゚)「あぁそうだよ、お前ら二人だよ。
    ブーンもお前の事が大好きだったんだぞ!
    なのに、なのにお前は自分の気持ちに嘘を吐いてブーンを傷付けたんだ!」

殻で隠してきたツンの心に、ジョルジュの言葉が届いた。

ξ゚⊿゚)ξ「……黙れ」

311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:52:22.49 ID:u2gQbtT40

  _
( ゚∀゚)「黙ってたまるかよ。 今日の今日まで散々我慢して来たんだ。
    気が狂いそうなほどに我慢したよ。
    流石に我慢の限界だ!」

ξ゚⊿゚)ξ「黙れ」
  _
( ゚∀゚)「そうやって逃げて、何か得られたか? 何も得られなかっただろ。
    お前が逃げて、ブーンが追って。 その繰り返しの果てに、お前は傷付けた!
    怖かっただけだろ! 自分が傷つくのが怖かったから、ブーンを傷つけて逃げたんだ!」

自然な仕草で伸ばされたツンの右手は、ジョルジュの胸倉を掴んだ。
直後、ジョルジュの体が宙を舞い、背中から床に叩き落とされた。
机を挟んでの投げ技。

ξ゚⊿゚)ξ「黙れって言ってるでしょ!」
  _
(;゚∀゚)「……いってぇ」

背中を擦りながら腰を上げたジョルジュを、ツンが見下ろす。

ξ゚⊿゚)ξ「あんたに何が分かるって言うのよ?
      一生分からないでしょうね。 これはね、姉と弟の問題なのよ」

殻が割れ、これまで抑圧してきたツンの憤りが爆発した。
  _
( ゚∀゚)「確かに俺には姉も弟もいねぇよ。 いないけどな、こんな事は間違ってる!
    傷つけあうのが姉弟じゃないだろ!」


312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:55:51.55 ID:u2gQbtT40

ξ゚⊿゚)ξ「私だって傷つけたくなんか無かったわよ!
      でも仕方ないでしょ! そうでもしなきゃ、あいつは私を追ってくる。
      そしたら、私は間違いを犯してしまう。 そうなる前に止める必要があったのよ!」
  _
( ゚∀゚)「……ようやく本心を曝け出してくれたな」

ξ゚⊿゚)ξ「それで、それであんたは何がしたいのよ?
      私を嗤いに来たの? どうぞ好きなだけ嗤えばいいわ。
      少なくとも五体満足でこの家から出られるとは思わない事ね」
  _
( ゚∀゚)「嗤う訳ないだろ! 俺は手助けに来たんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「余計なお世話よ!」
  _
( ゚∀゚)「相思相愛なのに、何でお前はそれを否定するんだよ!
    何が不満なんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「あのね、家族なのよ、私達は!
      家族同士の恋愛なんて、普通じゃないわよ!」
  _
( ゚∀゚)「普通じゃなきゃいけないなんて、誰が決めたんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「世間よ!」
  _
( ゚∀゚)「世間なんて、糞喰らえだ!
    これはお前らの問題だろ! だったら、世間なんてどうでもいいじゃねぇか!」

ξ゚⊿゚)ξ「どうでもよくないでしょ! 世間はね、普通以外の物を忌み嫌うのよ!
      ブーンが後ろ指を指されて生活するなんて、私には我慢できない!」

315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 00:59:05.77 ID:u2gQbtT40

  _
( ゚∀゚)「何が問題だって言うんだよ、お前らは、何一つ間違ってねぇ!
    家族同士が惹かれあっちゃいけないなんて法律は、この日本にはないんだよ!」


ξ゚⊿゚)ξ「倫理の問題よ!」


遂に、遂にジョルジュはツンにその言葉を言わせた。
切り札を使うのならば、この時を置いて他にはない。
  _
( ゚∀゚)「……倫理? そいつは、一体どんな倫理だ?」

ξ゚⊿゚)ξ「……っ」
  _
( ゚∀゚)「血の繋がってる姉弟ならまだしも、お前らに血の繋がりはないじゃねぇか!」

ξ;゚⊿゚)ξ「な、何で……それ……を……」
  _
( ゚∀゚)「知ってるんだろ、お前は。
    だったら―――」

ξ゚⊿゚)ξ「だったら、だったら何よ……
      私はね! あの子に! ただ幸せになってほしいだけなのよ!」
  _
( ゚∀゚)「だからって、お前が我慢して泣いてたら意味ないだろ!
    あいつはお前と一緒がいいんだよ、それが何で分からないんだ!」

ξ゚⊿゚)ξ「私がいなくても、ブーンは幸せになれるに決まってる!」

316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:01:36.91 ID:u2gQbtT40

  _
( ゚∀゚)「それが決めつけなんだよ!
    あいつは10年以上もお前の事を追い駆けてきたんだぞ!
    ここで諦める様な奴に見えるか? 見えないだろう!」

ξ゚⊿゚)ξ「あの子の事は私が一番分かってるわよ!
      だから選んだのよ、傷付けてもいつかブーンが普通の幸せを手にできる道を!」
  _
( ゚∀゚)「逃げるついでに傷付けて、ブーンが幸せになれると思うか!?」

ξ゚⊿゚)ξ「えぇ、あの子は強いもの。
      時間がかかっても、必ず立ち直るわよ!」
  _
( ゚∀゚)「いい機会だ、教えてやるよ。 あいつにとっての幸せはな!
    お前と一緒にいる事なんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「そんなの……そんなの嘘よ……!」
  _
( ゚∀゚)「嘘じゃねぇよ。 俺はあいつに相談されたんだ。
    お前が最近避けてるみたいで悲しいって。
    あいつはな、お前にずーっと前から惚れてるんだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「私は……〝おねーちゃん〟じゃ……駄目なのよ……
      私は〝お姉ちゃん〟で、〝あいつ〟は〝弟〟じゃなきゃ……いけないのよ……」
  _
( ゚∀゚)「お前はきっと、デレデレさん達の事を考えてるんだろ?」

無言を肯定と受け止め、ジョルジュは言った。


317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:04:36.61 ID:u2gQbtT40

  _
( ゚∀゚)「あの二人はな。 とっくにお前達の気持に気付いてたんだぞ。
    だから、そっちの心配は無駄だったんだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……でも、もう遅いのよ。
      私は、あの子を傷付けた。
      引き返せない道にいるのよ、分かるでしょ?
      だから、もう放っておいてよ……」
  _
( ゚∀゚)「お前は、出来ればあいつと一緒がいいんだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「……えぇ」

今までに聞いた事もないぐらい、ツンの声は弱々しくなっていた。
感情を表に出して、気持ちを表に出した事によって、精神的に不安定になっている。
ジョルジュはまさか、ドクオの用意した〝切り札〟がここまで効果を発揮するとは思っていなかった。
  _
( ゚∀゚)「だったら、一人で考えないで俺達に任せろよ。 親友だろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「俺達?」
  _
( ゚∀゚)「一人増えるけどいいな?」

答えも聞かずに、ジョルジュは玄関の扉を開いた。
扉の前には、キャンプ用の大きなリュックを背負ったドクオがいた。

('A`)「こんちゃーっす」

ξ゚⊿゚)ξ「……ど、ドクオ君?」

318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:07:11.80 ID:u2gQbtT40


('A`)「あ、お久しぶりです。
   お邪魔しても?」

ξ゚⊿゚)ξ「え、えぇ……」

('A`)「お、これはダナーのリバーウォーカーじゃないですか。 しかも2ですね。
   大変良い選択ですね。 有象無象の大学生と同じようなティンバーを選ばない辺り、コダワリを感じます。
   流石はツンさんだ!」


家に上がったドクオは荷物を下ろし、用件を伝える。


('A`)「さて……ツンさん、これから俺は鬼畜になります。 家畜じゃなくて、鬼畜です。
   料理はどの程度出来ますか?」


ξ゚⊿゚)ξ「すっ……少しだけ」


('A`)「……少し? 少しぃ? すぅこぉしぃ?!
   ふぅむ……ツンさん、これから五日で貴女には結構な量の量を覚えてもらいます。
   少なくとも、家庭料理はマスターしてもらいましょう」


ξ゚⊿゚)ξ「え? えっ?」



321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:10:34.81 ID:u2gQbtT40
('A`)「六日後、ブーンが出場する選抜大会があります。
   その日までに料理を覚えて、当日、ブーンに料理を振る舞うのです。
   計画はシンプルに、効果は最大に、です。
   詳細を説明しましょう。

   当日までに料理を覚えて、大会当日の弁当を作ります。
   あいつは当然、直ぐに気付くでしょう。
   そうなれば完璧です。 それだけでいいのです。
   後は弁当箱に住所を書いた紙を入れておく、それでブーンは意味を理解します」

ξ゚⊿゚)ξ「……お弁当」

('A`)「ブーンの移動には、ジョル兄が協力します。
   ただし、途中までです。 後はブーンの嗅覚に任せましょう。
   無事に辿り着いた時に、ツンさんが手料理でもてなして、仲直り。 後はお好きにどうぞ。
   よろしいですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「何で、料理でもてなすの?」

('A`)「あいつは単純だけど、察しがいい。
   料理伝いにツンさんの気持ちが伝わりますよ、必ずね。
   この俺の貞操を賭けてもいい」

ξ゚⊿゚)ξ「いや、賭けなくていいわ。
      兎に角、料理を覚えて、ブーンの為に料理をすればいいのね?」

('A`)「その通り!
   幸いな事に、ここには腹の減った野獣が二匹もいる。
   試食はお任せください。 俺なんかこの日を楽しみにして、長い間姉貴の料理の実験台を申し出てましてね。
   ジョル兄に至っては、近所のスーパーのインスタント麺売り場を制覇しましたからね」

322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:13:26.54 ID:u2gQbtT40
ξ゚⊿゚)ξ「……ここまで来たら、もう、貴方達に任せてもいいかもね」

('A`)「おぉ、流石はツンさんだ!!
   聡明だ!」

ドクオの持って来た道具を見て、ツンの顔が真剣な物に変わる。
  _
( ゚∀゚)「やーっと頼ってくれたか!! 俺は食べる事しか出来ないけど、任せてくれ!」

それからの五日間は、想像を絶する五日間だった。
料理は朝、昼、夜、深夜の四段階に分けて作られ、料理は全て残さずに食べると言うルールが設けられた。
ツンは通常通りの量を。
ドクオとジョルジュは、残った料理を全て食べなければならなかった。

(;'A`)「……ちょっと、これ以上は」
  _
(;゚∀゚)「お前もザンパイアだろ……戦えよっ!」

食欲と云う欲望を満たし、ドクオは料理の指示を、ジョルジュは買い出しや掃除を行った。
無駄な時間は許されず、食事の後は座学が待っていた。
座学では料理の基礎や応用を学び、調理の際にそれを実践すると云うスタイルが取られた。
余った時間では、ジョルジュとドクオの学校の勉強をツンが教えた。

過酷な五日間を経て、ジョルジュとドクオの体重は5キロ増え、肉付きが良くなった。
最終日に作り上げた料理は完璧で、これ以上ドクオが教える事はなくなっていた。
風呂に入る時間さえも惜しんだ為に、二人の体は汗臭くなっており、直ちに銭湯に行く事を命じられた。
その間にツンもシャワーで汗を流し、部屋の掃除をして、換気をした。

―――念入りに練り上げられたこの計画は、当日、デレデレとでぃの協力の元、決行された。
そして、時は結構当日、決勝戦前に進む。

324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:16:12.77 ID:u2gQbtT40
ブーンがいそいそと弁当箱の包を開け、蓋を開けると、そこに入っていたのは唐揚げと卵焼き、肉じゃがと野菜炒めと云った、シンプルなおかずだった。
二段目には白米が詰められ、中央には種を取った梅干しが乗せられていた。
彩り豊かな弁当を見た瞬間、ブーンは違和感を覚えた。

何か、違う。
てっきりブーンは、デレデレが作った弁当だと思っていた。
しかし、何かが違うのだ。
雰囲気、空気と云った不確かな違い。

気のせいだと思い、ブーンは最初に肉じゃがを口にした。
自分が覚えた違和感が正しい事を、ブーンはハッキリと理解した。
味が違う。
これは、デレデレの味ではない。


しかし、知っている。
間違える筈がない。
この味は。
この味は、ツンの料理の味だ。


野菜炒めを口にする。
やはり、そうだ。
この料理は、ツンが作った物に間違いない。
どれだけ間が開いていても、ツンの味を忘れはしない。

優しい味。
思いやる味。
懐かしい味。
他の誰にも真似の出来ない味。

325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:18:23.74 ID:u2gQbtT40
昔から大好きな味が、料理から染み出していた。
料理を通じて、肌で、心で、そして体で感じるツンの存在。
全身の疲労が一気に消え失せ、心の枷が砕け散った様な解放感。
大きな存在がブーンを気に掛けてくれていると云う、圧倒的な安心感。

言葉よりも雄弁で。
何よりも心に染み渡る。

( ;ω;)「……」

体が震え、涙が溢れ出した。
次から次へと、涙はとめどなく流れ、頬を伝ってジャージを濡らした。
声も無く、ブーンは泣いていた。
涙が出るほどに、ブーンは嬉しかったのだ。

ツンの優しさが健在で、再びツンの料理を食べられた事が。
違ったのだ。
ブーンは、捨てられてなどいなかったのだ。
昔と同じように、ツンはブーンの事を大切に想ってくれている。

心が氷解する。
何もかもが溶け落ち、一気に体と心が楽になる。
泣きながら唐揚げを食べ、白米を食べる。
全ての料理から、ツンの存在が伝わってきた。

自惚れでも自意識過剰でもなく、この料理にはツンの愛情が感じられる。
まだ、ブーンには愛情が注がれているのだ。
その事実に、ブーンの口から遂に声が漏れた。

( ;ω;)「おっ……!」

327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:20:43.34 ID:u2gQbtT40

感動するあまり、言葉にならない。
しかし、どうにか一つの単語を口にした。

( ;ω;)「おねーちゃん……」

久しぶりに口にできた、ツンを呼ぶ声。
自分はやはり、諦められない。
例え駄目だとしても。
例え間違っていると非難されても。

結果はどうあれ、気持ちを伝えたい。
米粒一つ残さずに完食したブーンは弁当箱を畳み、布で包もうとした。
そこで、見つけたのだ。
コンマ1秒でも疾く走る理由が書かれた、小さなメモを。

( ;ω;)「……住……所?」

意味は考えなくても分かった。
ここに、ツンがいる。
大会を早く終わらせ、さっさとこの場所に向かう。
目的と理由が出来たブーンの心に、憂いは無くなった。

涙を拭いて、ブーンは皆の元に戻った。
鞄の中に弁当箱をしまい、試合まで意識を集中させる事にしたのだった。


―――*  *  *―――



330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:23:17.96 ID:u2gQbtT40

('A`)「―――と云う訳だ」

デザートのコーヒーゼリーを一口食べて、ドクオはそう締めくくった。

ミセ*゚ー゚)リ「随分と大胆な作戦ね」

サンデーパフェを半分程平らげたミセリは、上に乗っていたパイナップルの最後の一切れを食べた。
コーヒーで口直しをして、ドクオは一息ついた。

('A`)「そう。 大胆さこそが計画の本質だった。
   おかげである程度までは成功したし、俺達も楽しめたよ」

ミセ*゚ー゚)リ「ある程度?」

('A`)「ここから先は、俺達が参加できないんだ。
   むしろ関与しちゃいけない。
   ミセリちゃんも、俺も、ジョル兄もね。
   結果は今度本人達に聞くけど、俺の予想を言わせてもらうと……」

少し考えて笑みを浮かべ、含みのある口調でドクオはこう言った。



('A`)「明日は、〝疲労〟で学校を休むだろうな」



―――*  *  *―――


332 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:25:34.81 ID:u2gQbtT40

―――再び時間は遡り、決勝戦終了直後へと話は戻る。

川 ゚ -゚)「おい、ブーン。 何してるんだ?」

マネージャーの一人がそう尋ねるのは、あまりにも当然だった。
ユニフォームの上にジャージを着て、ブーンはいそいそと荷物をリュックにしまっていたのだ。
どう見ても直ぐに帰ると云う感じだった。
実際、ブーンは帰る準備をしていた。

( ^ω^)「帰るんだお」

スパイクをしまい、チャックを閉めてブーンはリュックを背負った。

('、`;川「か、帰る?! だってこれから、表彰式とかあるんだよ?」

( ^ω^)「おー……
      いらないお、それ」

('、`;川「いらないって何よ?! 出なきゃ駄目だよ!」

( ^ω^)「だって、時間がかかるお。
      おじさんの話はどうでもいいから、僕は帰るお」

川 ゚ -゚)「くそっ、何て日だ。 ミセリはいなくなるし、ブーンは逃亡しようとするし。
     今日は女神の休日みたいだ」

( ^ω^)「クーさん、それは違うお」

川 ゚ -゚)「何?」

333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:28:53.37 ID:u2gQbtT40

( ^ω^)「今日は日曜日だお」

そう言い残して、ブーンは風の様に走り出した。
誰もブーンを止められない。
何せ、彼はこの大会で最速の男なのだから。

川 ゚ -゚)「……」

(゚д゚;川「……」

(; ・`д・´)…… (`・д´・ (`・д´・ ;)

呆気にとられる部員達は三分程考え、やがて、全員同じ結論に至った。

川 ゚ -゚)「よーし。 400リレーの応援でもするかー」

部員達が陸上競技大会の花形に心を躍らせている間、ブーンは運動公園の出口に向かっていた。
公園内には芝生を利用して練習する者が多く、数人が全力で走るブーンを見咎めた。
劉・シナーも黛シャキンも、その内の一人だった。
シナーとシャキンの二人は共にブーンと走った感想と、自分達の練習方法を模索していたところだった。

( `ハ´)「……疾いアルね」

(`・ω・´)「……うん、やっぱり疾いね」

( `ハ´)「大きい方のお花摘みアルかね?」

(`・ω・´)「変わった言い回しを知ってるんだね。
      でもあれは、ちょっと違うんじゃないかな」

334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:31:43.08 ID:u2gQbtT40
( `ハ´)「チャイニーズ・ジョークアルよ」

(`・ω・´)「ははっ、初めて聞いたよ」

( `ハ´)「どうアルか、シャキン君。 今日、ワタシと一緒にラーメン食べに行かないアルか?」

(`・ω・´)「イイよ。 じゃあ、それまでにお腹を空かせておこうか」

出口が近付いてくると、大型バイクに凭れかかってブーンに手を振るジョルジュが見えて来た。
何が何だか分からず、ブーンはジョルジュの前で停止した。
  _
( ゚∀゚)「よぉ。 大会はどうだった?」

( ^ω^)「10秒21で優勝したお!」
  _
( ゚∀゚)「それは良かったな。 急いでるみたいだけど、何か急用か?」

( ^ω^)「ちょっと、行きたい場所があるんだお、一分一秒でも早く」
  _
( ゚∀゚)「住所は分かるか? お前の応援にと思ったんだけど、ちょっと遅れちまってな。
    それと、お前の優勝祝いだ。
    青森までなら連れて行ってやるよ」

( ^ω^)「青森じゃないけど、この住所だお」

差し出された紙の住所をジョルジュは一瞥して、ニヤリと笑った。
  _
( ゚∀゚)「ここならあっという間だな。 お前の脚には敵わないかもしれないけどよ。
    ただ、この場所はちょっと変わっててな。 途中までしか送ってやれないな。
    それでもいいか?」

336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:33:47.39 ID:u2gQbtT40

( ^ω^)「お願いするお!」

投げて寄越されたヘルメットを被り、ジョルジュの後ろに座った。
ジョルジュもバイクに跨り、ヘルメットを被る。
しっかりと両手を腰に回すと、エンジンが唸りを上げ、一気に加速した。
車の間を縫うように走り、道路が真っ直ぐな場所では更にスピードを上げた。

会場から15分程経っただろうか、二人を乗せたバイクはスーパーマーケットの駐車場にやって来た。
エンジンを切り、二人はバイクから降りてヘルメットを取った。
  _
( ゚∀゚)「この近くの筈だ。 悪いけど後は、自分でどうにかしてくれ」

( ^ω^)「ジョルにい、ありがとうだお!」

その場からあっという間に駆け出したブーンを見て、ジョルジュは思った。
方角に見当をつけているのだろうか、と。
  _
( ゚∀゚)「……ジョルにい、か」

もう一つ、ジョルジュは思っていた。
  _
( ゚∀゚)「やっぱり、悪くないな。
    頑張れよ、おとーと」

独白の様なその呟きはブーンに届かなかったが、ジョルジュは満足だった。
スーパーに寄ったついでに何か買い物をしようと思い立ち、店内に足を入れた。
駐車場から飛び出したブーンは、何も考えずに走っていた。
闇雲に走っているのだが、どうしてか、迷っている気にはならなかった。


339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:36:34.77 ID:u2gQbtT40
近くにいる。
近くに感じる。
匂いを嗅ぎ分け、気配のする方向に向かって走る。
どこをどう走ったのかは分からない。

重要だったのは、辿り着くと云うその一点のみ。
本能の赴くままに足は動く。
住宅地を駆け廻り、やがて、ブーンはあるアパートの前で走るのを止めた。

ずっと昔から体に染みついた感覚が、この付近にツンがいる事を感知している。
高性能なレーダーの様に存在を感知したブーンの感覚は、恐るべき正確さを備えていた。
手に入れた住所にはアパートの名前と部屋番号が書かれており、それは目の前のアパートの名前と完全に一致した。
部屋番号を頼りに、部屋を探した。

そして遂に。
遂に、ブーンは見つけた。
紙に書かれた部屋番号と一致する部屋を。
この先に、この先に、ツンがいる。

一瞬、ブーンは自分の行動が正しかったのかどうかを考えた。
衝動に身を任せ、ここまで来てしまった。
紛う事無き馬鹿の行動だ。
だが、今さらだ。

高校を決める時も何もかもをこうして来たのだ、今さら馬鹿の勲章が一つ増えた所で何とも無い。
後悔をしながら生きるよりも、よっぽど気持ちの良い生き方だ。
ブーンは意を決し、インターホンを押した。
待った時間は一秒にも満たなかったが、ブーンが持つ集中力によってその時間は長く引き伸ばされていた。

一分にも一時間にも感じた時間の後、ドアが開かれた。

340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:39:23.41 ID:u2gQbtT40

*→―――――――――→――――――――――→*

( ^ω^)

僕は待っていた。
本当に長い時間、待っていたと思う。
スタートの合図を待つ時と似た感覚だけど、その時よりもずっとずっと緊張した。
心臓が破裂するんじゃないかって思うぐらい、僕はドキドキしていた。

これから会えるかもしれない。
おねーちゃんに。
ツンおねーちゃんに会える。
そう思うだけで、僕はもう大会の事なんて忘れていた。

最速で走って最速で会いに行く。
それだけの為に、僕はあの決勝戦を全力で走ったのだ。
待つ間、体中から汗が滲み出したけど、それは全力で走り続けたからだろう。
掌にかいている汗は、きっと、緊張しているからだ。

僕は深呼吸をした。
気持ちを落ち着かせて、おねーちゃんを心配させない様に振る舞うんだ。
その後で、正直に僕の気持ちを伝える。
拒絶されてもいいから、僕は後悔しない様に生きたい。

何時間経ったのかは分からない。
でも、スローモーションのように目の前の扉が開かれて。
おねーちゃんの匂いがしたのだけは、分かった。

―――*  *  *―――→

341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:42:19.09 ID:u2gQbtT40
ξ゚⊿゚)ξ

インターホンを押したのがブーンである事は分かっていた。
私の心は決まっていた。
ブーンが来たら、いつも通りに振る舞うと。
何事も無かったかのように、何も知らないかのように自然に振る舞うのだ。

もう、無理に姉である必要を感じない。
私は〝お姉ちゃん〟ではなく、〝おねーちゃん〟なのだから。
だから、これでいいのだ。
心を殺して無理をして、それでようやく危うい関係が保たれるのなら、私はもう我慢をしない。

そんな物、糞喰らえだ。
誰かが決めた常識は、私の常識ではない。
人にはそれぞれ自分の常識がある。
他人の常識を押し付けられる事を、私は徹底的に拒むと決めたのだ。

ドアノブを掴んで、私は考えた。
随分と遠回りをしたなぁ、と。
逃げていたけど、結局、ブーンは私を追いかけて来てくれたんだ。
嬉しい。

本当に、嬉しい。
その真っ直ぐさが昔は辛かったけど、吹っ切れた今となっては心地良い。
最愛の人を、私は何時までも護ってあげたい。
今日は、その一歩目。

大会で優勝したブーンは、もう直ぐそこに来ている。
表彰式とかを投げ出して、私の元に来てくれた。
もう、私は我慢ができなくなり、扉を開けたのだった。

342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:45:46.50 ID:u2gQbtT40

*→―――――――――→――――――――――→*

扉の向こうにツンの姿が見えた瞬間、ブーンは何も考えられなくなった。
同じく、ツンも何かを言おうとしたが、何も言えなかった。
先に声を出して言葉を口にしたのは、ツンだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……どうしたの?」

( ^ω^)「あ、うん…… その……」

ブーンは沈黙した。
何か言いたいのに、何も言えないもどかしさ。
気付けば目頭が熱くなり、大粒の涙が溢れた。


( ;ω;)「お、おねーちゃん……」


ξ゚⊿゚)ξ「なぁに?」

優しい声。
優しい視線。
優しい匂い。
優しい存在。

ブーンの心はひとりでに決断した。
体はそれに呼応し、動いた。

( ;ω;)「おねぇちゃぁぁぁぁん!!」

343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:50:31.76 ID:u2gQbtT40
抱きついた。
それはもう、小さな子供の様に抱きついた。
不純な動機は一切なく。
ただ、愛しくて、ずっとこうしたかったから。

ツンの胸に顔を押し付けて、ブーンは大泣きした。
予定してた言葉や、予想していた反応も何もかもを忘れて、ブーンはツンの胸で泣いた。
抱きついた衝撃でツン共々家の中に入り、玄関の扉がそっと閉まった。

( ;ω;)「会いたかった、会いたかったよぉぉぉぉ!!」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

片手をブーンの背中に回して、ツンは優しく撫でた。
もう一方の手をブーンの後頭部に置いて、強く引き寄せる。

ξ゚⊿゚)ξ「……そっか。 私も会いたかったよ、ブーン」

二人は玄関で立ちながら、長い間抱き合った。
ツンの服はブーンの涙で濡れ、部屋にはブーンのくぐもった泣き声が暫く満ちていた。
夕陽が沈むまで、二人は抱き合っていた。
ゆっくりとブーンは顔を上げ、赤く泣き腫らした目でツンを見た。

( ;ω;)「おー……」

ξ゚⊿゚)ξ「もう、大丈夫?」

( ;ω;)「大丈夫だお! 泣いてないお!」

ξ゚⊿゚)ξ「まったく、もう……」

345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:53:00.27 ID:u2gQbtT40

親指でそっとブーンの涙を拭い、ツンは呆れた様な笑みを薄らと浮かべた。

ξ゚ー゚)ξ「強がらなくてもいいのよ」

( ´ω`)「……おー」

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、ブーン。 お腹空いてるんでしょ?」

( ´ω`)「お腹と背中がくっつきそうだお……」

ξ゚⊿゚)ξ「ご飯作るから、先にお風呂に入りなさい」

(〃^ω^)「ご飯?! ツンおねーちゃんの作ったご飯が食べられるのかお!?」

ξ゚⊿゚)ξ「えぇ。 だからさっさとお風呂に入って、汗を流して疲れを取りなさい」

(〃^ω^)「分かったお!」

ようやく家に上がったブーンは、ツンに案内されて洗面所と繋がった風呂場に向かった。
ブーンが風呂に入っている間にツンは、競技場の観客席で合流した両親から受け取った新しい下着と着替えを洗面所に置いた。
前日に決めていたメニューは、カジキマグロの照り焼きと味噌汁だった。
早速エプロンを掛け、調理を始めた。

下ごしらえは済んでいたが、それでも一週間前とは比べ物にならない程、その手付きは的確で無駄が無かった。
風呂上がりのブーンがやってきた頃には、もう味噌汁を椀に注いで配膳するだけとなっていた。

(〃^ω^)「お、おぉー!! 美味しそうだお!!」

ξ゚⊿゚)ξ「はい、これ」

346 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:56:07.62 ID:u2gQbtT40

味噌汁の椀を両手に持たされ、ブーンは食卓の上にそれを向かい合わせの位置に並べた。
ツンが箸と白米の盛られた椀を新たにブーンに渡し、最後に平皿に千切りのキャベツと照り焼きを乗せて席についた。

( ^ω^)「いただきます!」

ξ゚⊿゚)ξ「いただきます」

最初にブーンが箸をつけたのは、照り焼きだった。
箸で一口サイズに分けて、食べる。


( ゚ω゚)「ん?!」


ξ゚⊿゚)ξ「ど、どう?」

(〃^ω^)「う、美味い、美味すぎるお!!
      おねーちゃん、これ何て料理なんだお?」

ξ゚⊿゚)ξ「カジキマグロの照り焼きよ」

照り焼きのタレとカジキマグロの甘みが合わさり、究極とも言える旨味が染み出し、噛み締める度にブーンは感動した。
美味さのあまり唾液が次から次に溢れ、白米を食べる箸が止まらない。
一切れ用意されていた照り焼きの三分の一で、ブーンは白米を食べきってしまった。

ξ゚⊿゚)ξ「おかわりは?」

(〃^ω^)「もらうお!」


351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 01:58:53.51 ID:u2gQbtT40

次に味噌汁。
具はスナックエンドウと、もやしだった。
箸で適当に掴み、汁気を切って食べた。
驚くほどの歯応えの心地よさ。

スナックエンドウの独特の食感と、大量のもやしが生み出す歯応えに、ブーンはまたもや感動した。
しかもどうだ、この味噌の味は。
この味は、デレデレの味噌汁の味ととても似通っている。
母の味と姉の味。

一口ごとに感じるツンの愛情に、ブーンは夕食の間中、感動し続けた。
食事を終え、まったりとお茶を飲んでいる時、ブーンはようやく自分がここに来た目的を思い出した。
ツンと共に夕食を食べられただけで、すっかり気を良くしていたのだ。

( ^ω^)「あ、あの、ツンおねーちゃん」

ξ゚⊿゚)ξ「ん?」


食器を洗い終えたツンが、手を拭って、ブーンの向かいの席に腰かけた。


( ^ω^)「ぼ、僕…… あの、笑わないで聞いて欲しいんだけど……」


勇気を振り絞り、ブーンは口にする。
10年以上積み重ねて来た想いを。



354 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:02:16.29 ID:u2gQbtT40
( ^ω^)「僕、ツンおねーちゃんの事が大好きなんだお」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

( ^ω^)「ずーっと昔から好きで、その、えっと……
      家族だから好きって言うのもあるんだけど……
      それだけじゃなくて……」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

( ^ω^)「ツンおねーちゃんに、惚れてるんだお」

静寂。
沈黙。
緊張。

ξ゚⊿゚)ξ「……私も、あんたの事、大好きよ」

( ^ω^)「お……」

ξ゚⊿゚)ξ「私はね、あんたに心の底から惚れてるの。
      誰にも渡したくないって思うし、あんたとずっと一緒にいられたらいいなって思ってるわ」

( ^ω^)「……そ、それじゃあ」

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんね。 私のせいで、随分遠回りさせちゃって。
      私が最初から素直になってれば良かったのよね。
      私がブーンから逃げちゃったから、変に距離が開いて、傷付けちゃって……」

( ^ω^)「そ、そんなことないお!」

358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:05:42.18 ID:u2gQbtT40
だって、とブーンは続ける。

( ^ω^)「僕は結局、あれからもずっとツンおねーちゃんを追いかけてたんだお。
      遠回りなんてしてないし、距離だって開いてないお!
      だから僕、こうしてここにいるんだお!」


ξ゚⊿゚)ξ「……そっか」

( ^ω^)「ツンおねーちゃん、僕は、おねーちゃんの事が誰よりも大好きだお!
      離れてたらちょっと寂しいけど、でも、何処にいても大好きだお!」


ξ゚⊿゚)ξ「大声で言わなくても聞こえてるわよ」

( ^ω^)「大好きだお!!」



ξ゚ー゚)ξ「話を聞かない口ね。 そんな悪い口は……」



机越し。
そっと身を乗り出したツンは、ブーンの頬に手を添えて。
不意打ちの様に顔を寄せ。
驚きに目を見張るブーンの唇に。

―――そっと、優しいキスをした。


364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:08:34.50 ID:u2gQbtT40

結局二人は、追いかけっこの様に逃げては追い駆けてを繰り返していたに過ぎない。
ツンが距離を開ければ、その分をブーンが埋める。
ブーンか近付けば、その距離をツンが開けた。
一生懸命に二人はいつも通りであろうと、心を圧殺して努力をした。


その為に相手を傷付け、片方は傷つきもした。
でも。
それでも。


            二人の距離は、変わらなかったようです。




368 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:10:35.07 ID:u2gQbtT40
―――3years later―――

豪雨の如く密になって降り注ぎ。
戦場の砲火の如く止めど無く。
空気を振動させ、大地を揺らし。
その場にいる全員に、熱気が感染した。

声が。
拍手が。
喝采が。
ありとあらゆる方向から一箇所に向けて注がれ、放たれた音は一つになる。

誰もが見たかった。
今宵。
この日。
一つの歴史が更新される、その瞬間を。

誰もが知りたかった。
今宵。
この時。
歴史を更新する、その人間を。

世界中を代表する五人の人間が、それぞれの思惑を持って立っている。
一身に熱気を受け、精神は高ぶっていた。
彼等は目的を持っていた。
彼等がここにいるのは、証明する為。

どこまで疾く走れるのかを証明する為に、ここにいる。

( ゚∋゚)

372 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:12:36.11 ID:u2gQbtT40
世界最速の男、ラディカル・クックル・クーガー。
彼は世界最速の男になった時から、3つ歳を取っていた。
だが、一向に力が衰える事はなかった。
それどころか、稲妻の様な走りは、今や、切れ味さえ帯びている。

( ゚∋゚)『私は、ずっとこの日を待ち望んでいた。 お互いに楽しもう』

クックルが英語で話しかけた隣のレーンを走る日本人は、屈託のない笑顔を浮かべた。

『光栄です。 今日は誰よりも疾くゴールさせてもらいますよ』

アナウンスが流れ、選手が位置につく。
今、このレースを走る全員が、10秒の壁を突破した強豪達。
四人の外国人は全員肌が黒く、一人だけ肌の色が違う日本人は浮き立っていた。
しかし、彼が記録している100メートルのタイムは五人の中で二番目に疾い物だった。

その日本人には、今日、どうしても疾く走る理由があった。
故に、絶対に誰よりも疾くゴールテープを切ると決めていた。
会場が静まり返り、歓声は疎らになる。
選手各員が片膝と両手を地面についた。

スターターピストルが満天の星空を向く。
すっ、と膝が上がる。
一発の銃声が、再び会場に大歓声を呼び戻した。
日本人は、誰よりも疾くスタートしていた。


―――約9秒後、歴史は一人の男によって更新された。



373 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:15:11.60 ID:u2gQbtT40


世界中を驚愕させた大会の翌日。
大会に参加した唯一の日本人は、夫になった。
親しい友人や親戚だけを集めた結婚式に参加する為、日本人は誰よりも疾く走って一刻も早く帰る必要があり、それを実現させたのである。
奇妙な事に、結婚したのにも関わらず二人の距離は変わっていないと、新郎新婦はスピーチで語ったのだ。


「恋人の延長線上にあるのは夫婦です。
夫婦とは、赤の他人同士が家族になると云う事。
長い時間をかけて恋人達は互いを理解し、家族になる為に距離を縮めて行く、私はそう思います。
だけど、私達の距離は変わっていません」


「僕達は、夫婦になる前から既に家族だったのです。
だから、これ以上距離が縮まる事はないのです。
姉弟の僕達は今日、夫婦になりました」






              ( ^ω^)『でも、二人の距離は変わってはいないのです』ξ゚ー゚)ξ







375 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:17:53.13 ID:u2gQbtT40


―――Epilogue―――



嫌な事や辛い事もあったけど、僕はとても幸せな人生を過ごせたと思う。
新しい両親に拾われて、厳しくも優しく育まれた。
今の僕があるのは、あの二人がいたからだ。
でぃお父さんが僕を家族にしてくれなければ、僕はきっと、全く別の人生を歩んでいただろう。

生きている限り、僕はあの二人に感謝し続けた。
ありがとう、って何万回も言ったけど、まだ言い足りない。
きっと、言葉だからだろうね。
言葉は言うだけだから簡単だし、何かしている気になっちゃうものだから。

あぁ、そうそう。
僕の人生を大きく変えたのは、それだけじゃないんだよ。
僕のお嫁さん、つまり、ツンおねーちゃんと逢えた事は、僕の人生をそれこそガラッと変えたんだ。
陸上を始めたのもおねーちゃんがきっかけなんだよ、実は。

あの頃の僕は追いつきたい一心で走ったんだけど、結局、僕は追いつけなかった。
世界最速なんて言われてたけど、そんなのは関係ないんだ。
どれだけ疾く走っても、おねーちゃんはおねーちゃんなのだから、追いつけっこないんだよ。
だって、おねーちゃんなんだから。

僕はおねーちゃんと逢って、愛する事と愛される事を知った。
言葉だと一言で済むけど、あの感情はとても複雑なんだ。
とても温かくて、とても嬉しくて厳しいものなんだよ、愛って云うのは。
少なくとも僕にとってはそう云う物だった。

378 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:20:31.36 ID:u2gQbtT40

新しい家族に慣れる事が出来たのは、実は僕の親友のおかげだったんだ。
その点ではドクオ、君には本当にお世話になったね。
君のお姉さん達やご両親を見て、僕は家族の形が一つじゃない事を教えてもらった。
君のする話が好きだったし、君の事が好きだった。

あの日、君とジョルにいの計画で僕とおねーちゃんの仲を繋いでくれた事には、死ぬまで感謝している。
一日だって忘れた事は無い。
嘘じゃないよ。
ドクオ。

本当にありがとう。
僕は君の事が大好きだ。
本当は面と向かって色々言いたかったんだけど、流石に恥ずかしくてね。
こんな形でしか言えなくてごめん。

君が教えてくれた初恋の人の事については、僕は誰にも言っていないから安心して。
文字通り、墓場まで持って行くから。
あらゆる面で僕を支えてくれたおかげで、僕は自棄にならずに済んだんだ。
こんなに優しいのにどうして独身なのか、僕には分からないよ。

根が強くて、何時だって君は人の事を心配していた。
トソン先生やトラギコ先生、ジョルにいの時でさえも、君は泣かなかったね。
今なら分かるよ。
僕がボロボロ泣いたから、君は泣くわけにはいかなかったんだね。

誰かが辛い時に支える人が泣いていたら、駄目だから。
その強さが羨ましかったよ。
少しだけしか僕は君を支えられなかったかもしれないけど、僕にはそれが自慢なんだ。
強くて優しい君を少しだけでも支えられたって、ね。

380 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:23:07.10 ID:u2gQbtT40

僕も真似しようとしたけど、やっぱり、難しいね。
両親の時も、君のご両親の時も、君のお姉さん達の時も。
僕は泣くしか出来なかった。
泣いて、泣いて、そして立ち直って。

ようやく、ある事に気付いたんだ。
泣くっていうのには二種類あって、悲しいからって云うのと、その人に対して自分がやり残した事があるからなんだ。
だから僕は、ツンおねーちゃんといる時、後悔のないように生きて来たつもりだ。
おかげで僕は、悲しい涙だけでおねーちゃんを送り出す事が出来た。

振り返って見ると、結婚してからの人生は幸せの連続だったなぁ。
毎日が輝いて、充実していた。
ハインが産まれた時は、皆泣いていたけど、笑ってた。
ハイン、君は皆に愛されて産まれてきたんだ。

君は君の名前に、是非とも誇りを持ってほしい。
昔からずーっと言って来たけど、君の名前はジョルにいとドクオ、そしてミセリさんに付けてもらったんだ。
インターネットで調べれば分かるけど、ミセリさんは凄く有名なアイドルだったんだよ。
女友達の中で、唯一の親友なんだ。

ドクオ、ミセリちゃん。
そこにいたら、お願いしたい事がある。
ハインの頭を撫でてやってほしい。
ハインは強がってるけど、寂しがり屋さんだから。

もう僕が、ハインの頭を撫でてあげることが出来ないのが残念だ。
僕達が幸せだった証、結晶。
ハイン、君は僕達の宝物なんだ。
優しい、優しいハインリッヒ、産まれて来てくれてありがとう。

383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:26:48.65 ID:u2gQbtT40

僕が入院している時も、何だかんだ言ってお見舞いに来てくれたね。
実は君が来ている時に僕が笑っていたのは、嬉しかったからって云うのもあるんだけど。
お母さん譲りの性格だ、って僕は喜んでいたんだ。
誇っていいことだし、僕達は自慢している。

随分と迷惑を掛けてしまってすまない、そしてありがとう。
花嫁姿を見る事も、孫を見る事も出来た。
ハイン、君は僕よりも母親によく似ているからね。
だからどうか、君は君のままでいて欲しい。

思い残す事や、悔いはない。
でも、僕が悲しいのは、もう皆と喋る事も会う事も出来ないって事だけだ。
いつまでも、いつまでも話していたいんだけれども、そうもいかないんだ。
そうでなければ人は出会いを大切にしなくなるし、人を愛する事も出来なくなってしまう。

人によってそれぞれゴールがある。
人生のゴールだ。
それは目に見える物でもないし、誰かが決める物でもない。
ましてや、神様や仏様なんて云う人が決める物なんかじゃないんだ。

人が死んだ時、そこがゴールになる。
ゴールするまでの間に何を見て、何を感じて、何をするかは人それぞれだ。
いつゴールしてしまうか分からないから、人は色んな事をする。
ゴールを先延ばしにしようとしたり、自分の力で進む事を止めて、機械の力で進もうとしたり。

僕は、全部自分の力で進もうと決めていたんだ。
ハイン達が心配してくれたのは凄く嬉しかったけど、これだけは譲れなかった。
僕はね、全力で追い駆けて、追いつきたかったんだよ。
馬鹿な人だって笑ってくれても構わない。

386 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:28:57.14 ID:u2gQbtT40


だけど。
だけど、僕にはそれが当たり前だったんだよ。
大好きな人に近付きたかったから、僕は走ったんだ。
全力で走って、全力で転んで。

それでも。
僕は立って、歩いて、支えられて。
僕は、追い駆けたんだ。
その生き方をこの時まで続けて来たおかげで、こうして幸せな人生を過ごせた。

沢山の人に出逢って、僕は沢山の事を知る事が出来た。
経験値が凄い事になってるよ、きっと。
これを残せないのは少し残念だ。
だから、こうして長ったらしい手紙を書いたんだよ。

さて。
そろそろこれを聞いている人達も飽きて来た頃だろう。
安心してほしい。
最後にどうしても言っておきたい事を書いたから、これで終わりだよ。




389 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:30:56.47 ID:u2gQbtT40


―――僕の親友、ドクオ。
君と出逢えた事を、僕は誰よりも誇りに思っている。
君と云う親友がいたからこそ、僕はここまで来れた。
先に逝くのは心苦しいが、最期まで君と一緒の時間を過ごせて、本当に良かった。

看護婦さんに内緒で持ってきてくれた料理にはビックリしたよ。
ツンおねーちゃんの料理にそっくりだったからね。
もう一度あの料理を食べたいけど、それが出来くなってしまうのは辛い。
気が向いたら、シナー君が毎年送って来てくれる自家製のXO醤とかを使って、ハイン達に料理を振る舞ってほしい。


―――僕の親友、ミセリちゃん。
僕は今でも、初めてミセリちゃんに話しかけた時の事を覚えているよ。
一緒にドッジボールをした時、ミセリちゃんが自然に笑ってくれて、僕は嬉しかった。
それから僕は何度も助けられて、とてもありがたいと思っている。

こうして手紙を書けるのも、ミセリちゃんが紹介してくれた病院のおかげだよ。
この前テレビで見たけど、今度、外国にボランティアに行くんだってね。
看護婦さんに自慢したんだけど、信じてもらえなかったよ。
自分が辛い時でも誰かを助けるその優しさを大切にしてほしいけど、僕はミセリちゃんに自分の事を一番に大切にしてほしいな。



もう二人に会えないかと思うと、どうしても涙が流れてしまうよ。
寂しいけど。
悲しいけど。
今までありがとう、ドクオ、ミセリちゃん。


392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:36:30.59 ID:u2gQbtT40

―――最愛の娘、ハイン。
ハイン。
小さい頃、ハインはよく幼稚園で隣の子のイチゴを食べていたね。
あの時の子供には悪いと思ってるけど、ハインが食欲旺盛でよかったよ。

よく木登りをして、僕が助けに行った事を覚えているかな?
お父さんもハインぐらいの時によく登って、よくお母さんに助けられていたんだよ。
育ち方は僕にそっくりで、それ以外はお母さんにそっくりだ。
元気に育ってくれて、ありがとう。

しぃちゃんを精一杯、力一杯可愛がって上げてくれ。
もう僕には、頭を撫でる事も声を掛ける事も出来ないから。
ごめんね、しぃちゃん。
じーじは、ばーばを追い駆けに行くから。

それじゃあ、僕からは以上だ。
集まってくれた皆。
数え切れないほど僕達を支えてくれた皆。
僕の伝えた通りに進行していれば、この後に特上の寿司とビールが出るから、目一杯食べて飲んでほしい。


これが本当に最後だ。
僕はもう一度走る事にするよ。
一日が過ぎる度に、心が高鳴っているんだ。
不思議と、体が軽いんだ。

今なら、誰よりも疾く走れる自信がある。
僕は最後にもう一度追い駆けるんだ。
今度こそ、追いつける。

393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:39:22.99 ID:u2gQbtT40












―――嗚呼、でも、どうやら走らなくてもいいらしい。
これから書く事は、年寄りの妄言か、或いは夢だと思って欲しい。


実はね。
見えているんだよ。
こうしている間にも。
もう、ハッキリと見えるんだ。

息遣いが聞こえる。
匂いが漂う。
心が落ち着く。
それぐらい、ハッキリとした存在が目の前にいるんだ。

僕の前に。
子供の頃と同じ姿をした、ツンおねーちゃんがいるんだよ。
微笑んで、僕に手を差し伸ばしてくれているから。
僕は、その手を掴むんだ。

396 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:43:23.43 ID:u2gQbtT40





やっと、追いつける。
二人で並んで、どこまでも一緒に





               ――――――内藤ブーンの遺言書より













でも、二人の距離は変わらなかったようです( ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ


               The End

398 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 02:46:22.62 ID:u2gQbtT40

夜遅くまで支援ありがとうございました!
まとめて下さったサイト様、ありがとうございました!


これにてこの作品は完結となります!
今回のタイトルには三つの意味が込められていますので、ちょっと考えてくださると嬉しいです。



質問、指摘、感想などあれば幸いです。

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