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从´ヮ`从ト 姉心と春の空のようです(N) |
- 1 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 21:42:18.562 ID:3QKjT+cM0
- こわくないよー
よっといでー
- 2 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 21:44:42.398 ID:3QKjT+cM0
- 春の匂い。
それは淡く、そして温かな空の匂いだ。 そよ風が運ぶ花の香りに混じり、胸を溶かすような痺れを伴った甘い感情が湧き出す。 春。 それは生命が芽吹き、色づく季節。 あらゆる命が祝福を受けたかのように輝き、咲き誇る季節。 慈愛に満ちたこの季節に、淡いパステルブルーの空を見上げる少女が一人。 冬程透き通らず、夏程青々とせず、秋程高くもない空。 どちらつかずの、淡い色合いの空。 ニュースでは薄氷の上の平和などと緊迫した世界情勢を報道しているが、雲はそんなものを気にすることもなく漂う。 戦火に包まれた国でも、同じように雲が平和そうに漂っているのだろう。 時計の針や誰かの感情に影響を受ける事はないが、空と同じように季節ごとに異なった表情を見せてくれる。 目を細めて穏やかな空を見つめ、少女は履き馴染んだブーツでアスファルトの上をゆっくりと歩く。 空を見て何を思うのか、その朗らかな、そして慈愛に満ちた表情からは何も分からない。 その少女はまるで、春のような雰囲気をしていた。 優しげに垂れた目尻から世界を見るのは、大きな空色の瞳。 少しだけ赤らんだ頬と、桜の花びらのように薄いピンク色の唇。 風を受けて柔らかく翻る、肩まで伸びた少し癖のある栗毛色の髪。 ブレザータイプの学生服に身を包む少女は、これまでに通い慣れた通学路を味わうように歩いていた。 人気のない静かな朝。 少女、春日チハルは四月三日の空を見上げて、小さく独り言ちるのであった。 ――今日もいい天気だな、と。
- 3 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 21:48:10.596 ID:3QKjT+cM0
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- 4 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 21:53:14.239 ID:3QKjT+cM0
- チハルにとって、春という季節は特別な季節だ。
誕生日は春。 名前もハル。 そして、三つ歳の離れたブーンが産まれたのもまた、春だった。 初めてその存在を目の当たりにした時、チハルはこの世で最も愛おしい存在を手にしたのだと小さいながらに理解した。 ある種の独占欲と保護欲、そして強烈な母性が幼いチハルに湧き上がり、たちまちその虜になった。 どこに出かけるのにもブーンを引き連れ、何をするのも一緒だった。 ブーンは文句ひとつ言わず、それどころか笑顔でチハルの後ろについてきた。 だからだろうか、ブーンは同い年の同性と遊ぶ機会と同等に年上の異性と遊ぶ機会があった。 同級生がかくれんぼに興じる中、ブーンは折り紙に夢中になった。 ( ^ω^)「ハルおねーちゃん、鶴ってこう折るんだっけかお?」 从´ヮ`从ト「もー、違うよー。 三角を折ったら、その次は……」
- 8 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 21:57:08.039 ID:3QKjT+cM0
- 同級生がドッジボールに白熱している時、ブーンは編み物に興味を示した。
初めてブーンが作ったのは指と毛糸だけで作るマフラーで、それはとても拙い出来だったが、本人は満足していた。 えらく長いマフラーが出来上がったと喜び、それをチハルにプレゼントした。 ( ^ω^)「できたー! ハルおねーちゃんにあげるお!」 从´ヮ`从ト「わーい、ありがとー!」 それは今でも、チハルの部屋にある鍵付きの引き出しに大切に保管されている。 同級生の興味がカードゲームに変わった頃、ブーンは料理に興味を持ち始めた。 ( ^ω^)「ハルおねーちゃん、きんぴらごぼうってどうやって作るんだお?」 从´ヮ`从ト「まずごぼうをだね……」
- 9 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:03:03.170 ID:3QKjT+cM0
- それ以降、ブーンは時々夕食を手伝うようになった。
いつの間にか、チハルと同等の料理の腕を手に入れるようになった。 料理を知ったブーンは、バレンタインデーにもらった大量のチョコレートのお返しに、手作りのクッキーを焼いた。 そのクッキーが好評となり、その次の年には前年の二倍のチョコレートが渡されることになった。 山と積まれたチョコレートを前に、ブーンはすがるような目でチハルを見た。 ( ^ω^)「……ハルおねーちゃん、半分食べてお」 从´ヮ`从ト「しかたねぇなあ!」 手作りのチョコレートはブーンに食べさせ、チハルは市販品を選んで食べた。 異性の気持ちが分かるブーンに好意を寄せる人間は少なくない。 大量に渡されたチョコレートの中には、ラブレター付きの物もあったがブーンはそれをチハルに読んでもらい、意見を求めた。 ( ^ω^)「ハルおねーちゃん、僕どうしたらいいかな?」 从´ヮ`从ト「手紙をくれた女の子の中で好き子はいるの?」 ( ^ω^)「おっ! しぃちゃんは優しいから好きだお。 クールちゃんも優しいし、レモナちゃんも可愛いから好きだお。 イトーイちゃんは怖いからちょっと苦手だけど、かっこいいから好きだお!」 从´ヮ`从ト「ちゃうちゃう。 そういう好きじゃないよ」 ( ^ω^)「お? 違うの?」
- 10 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:07:41.283 ID:3QKjT+cM0
- 異性の気持ちが分かっても、自分の気持ちが分からないブーンは、恋を知らなかった。
その感情について説明し、さして相手に強い興味がないのであれば断るのも優しさだと教えられたブーンは、翌日にそれを実行した。 チハルが覚えているだけで、その数は十数人。 そして、相手を悲しませたことに傷心して帰宅したブーンを、チハルは優しく慰めた。 ( ;ω;)「うー…… ごめんなさい…… 女の子、泣かせちゃったお……」 从´ヮ`从ト「ちゃんと自分の気持ちを言ったんだから、ブーンは悪いことは何もしてないよ」 ( ;ω;)「でも……」 从´ヮ`从ト「嘘を吐いてもお互いに辛いだけだからね。 ブーンは偉いよ」 ( ;ω;)「おー……」 从´ヮ`从ト「よぅし、じゃあ今日は頑張ったブーンにご褒美をあげよう。 ねーちゃんが一緒に寝てあげるよ」 ( ;ω;)゛「……うん」 まだ小さなブーンには辛い経験だったに違いない。 その日、チハルはブーンと一緒の布団に入り、眠り着くまで抱きしめた。 その出来事から、チハルはブーンとこれまで以上に一緒にいる時間が増えた。
- 12 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:11:54.375 ID:3QKjT+cM0
- 同級生がテレビゲームに興じる中、ブーンは読書に夢中になった。
ブーンが読むのは恋愛小説からハードボイルドまで多種にわたり、その趣味は実に渋いものがあった。 次第に図書室に通う頻度が増えたブーンは、しばしば帰宅が遅れることがあった。 だが実は、図書委員の同級生との話に花が咲いて遅れたという事は、後になってこっそりとブーンから聞かされた。 これが恋へと発展するのかどうかチハルは楽しみだったが、そうなることはなかった。 残念な気持ちになったが、ブーンの恋路は自分で進ませるべきだと割り切った。 もうそろそろ高校生になろうという時、ブーンは頻繁にチハルの部屋に来るようになった。 ( ^ω^)「ハルおねーちゃん、勉強教えてお」 从´ヮ`从ト「国語数学理科社会以外ならいいよー」 ( ^ω^)「それって英語だけだお」 从´ヮ`从ト「それしか出来ないもん。 悪いかよー」 ( ^ω^)「英語だけでいいから教えてほしいお」
- 13 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:16:06.958 ID:3QKjT+cM0
- チハルとブーンの年齢差は、学校で言えば三学年の差である。
この差はチハルが小学校を卒業した瞬間、二人が同じ学校で顔を合わせる可能性があるのは大学だけとなる事を意味している。 同時に、年上のチハルがブーンに勉強を教えるのに丁度いい年齢差でもある。 勉強を教えると、ブーンの呑み込みの速さに驚いた。 だが教えられるのは英語だけだ。 せっせとノートにアルファベットを書き連ねていくブーンの手元を覗きながら、その真剣な瞳を何度か横目で見た。 あまりにもその姿が愛おしく、気が付けば、チハルはブーンを背中から抱きしめていた。 ( ^ω^)「……書き辛いお」 从´ヮ`从ト「まぁまぁ、いいじゃないの」 ( ^ω^)「いいけど……」 後ろからでも分かるのは、ブーンは耳まで顔を真っ赤にしていることだった。 異性として意識してくれているのか、それとも単に照れているだけなのか。 チハルはそのことが気になっている自分に気が付き、そして、葛藤が始まった。
- 14 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:21:02.891 ID:3QKjT+cM0
- 一緒にいる時間は変わりなかったが、これまでと同じように接するのが難しく感じ始めた。
ブーンと一緒にいると胸が高鳴り、気分が高揚する。 もっと触れたい、触れてもらいたいという欲望が湧き上がり、それを自制する度に胸を切り裂かれる思いをした。 これまで、ブーンの事は弟として接してきた。 今ある家族としての関係を壊すことになりかねない感情が心を締め付け、そしてチハルを困惑させた。 感情は独りで暴走を始め、チハルに感情の正体を意識させた。 チハルは、ブーンに、弟に恋をしてしまっているのだと。 ( ^ω^)「高校ってどんな勉強するのかお?」 从´ヮ`从ト「いろいろだよー、英語とか数学とか。 でも選択科目っていうのがあってね――」 何気ない会話。 とりとめのない話。 そのささやかな全てが宝物のような時間に思える日々が続く。 甘く、いつまでもそこに浸かっていたいぬるま湯のような日々。 何も失わず、何も得ず、何も変わらない。 チハルは変化を恐れた。
- 16 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:25:57.710 ID:3QKjT+cM0
- 心を殺しながら過ごす日々はチハルに安息を与えたが、同時に、毎夜悪夢を見せた。
関係を変えようとして失敗し、そして、何もかもを失う悪夢。 戒めのような夢は次第にチハルから生気を奪った。 高校生となり、新たな友人との交流が続くのと同じように、ブーンとの関係は続いた。 どれだけブーンの存在がチハルにとって毒だったとしても、離れることは出来なかった。 離れるなど、想像も出来なかった。 恐いのだ。 失敗を恐れ、何もしないことに安堵し、何も変わらないことに涙するしかないのだ。 高校二年生になり、ブーンとまともに話をする時間が減ってきた。 高校二年生は多忙な時期だ。 進路を考え、成績を考え、今を考えなければならない。 それは一つの救いだった。 少なくとも学校に長居している間はブーンに会わずに済む。 会わなければ、想いが暴走することはない。 代わりに、自らを慰める機会が増えた。 慰めている間、ブーンはいつものように笑顔を浮かべてチハルに愛を囁く。 そしてチハルも、そんなブーンを招き、受け入れ、求められることに酔いしれる。 痺れるような甘い快楽の波に身を委ね、体が小さく痙攣し、至福を覚える。
- 17 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:30:44.761 ID:3QKjT+cM0
- 事が終わると、その都度罪悪感に苛まれた。
虚しさが募り、想いが募り、二人の仲は昔を維持したまま。 姉と弟。 逆転も変化もない、絶対の関係。 変えてはならない関係。 越えられない絶対の関係。 チハルが進路について考える時期は、ブーンも進路を考えなければならない時期でもある。 高校受験を控えるブーンと大学受験、就職、専門学校と多岐な進路を考えるチハルはそれでも、毎日顔を合わせて話をした。 日課のような物を今になって止めるのもおかしいし、ブーンから進路相談を頼まれれば受けざるを得ない。 進路活動が活発になる二年生の七月。 ブーンからチハルに、一つの相談があった。 ( ^ω^)「僕、ハルおねーちゃんと同じ高校に行きたいお」 从´ヮ`从ト「姉弟割は使えないよ?」 ( ^ω^)「分かってるお! おねーちゃんの話聞いてたら行きたくなったんだお」 从´ヮ`从ト「ふーん、じゃあ今週末にオープンキャンパスがあるからそれに来なよ。 それから決めればいいじゃん」 そしてその翌日。 運命の歯車は、思いもよらない形で動き始めた。
- 18 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:37:02.008 ID:3QKjT+cM0
- (´^ω^`)「春日、今週末のオープンキャンパスに手伝いに来てほしい」
昼休みに職員室に呼び出されたチハルは、担任の諸星ショボンに開口一番そう言われた。 从;´ヮ`从ト「はいぃ?!」 (´・ω・`)「まぁ立ち話もなんだ、座れよ」 言われるがまま、産休で空席になっているアデーレ・デレーナの席に座る。 こうして担任と面と向かって話をするのは、三者面談以来の事だった。 (´・ω・`)「オープンキャンパスってのが何なのか、その説明から始めよう」 从´ヮ`从ト「いや、知ってるんですが……」 (´・ω・`)「焦るなって。 いいか、オープンキャンパスには中学生だけじゃなくて保護者も来る。 つまり、出資者が来るってことだ。 こんな世界のこんな情勢だが、それでも子供の将来は大切だからな」 从´ヮ`从ト「先生、その表現はどうかと……」 世間の動きに対して、ショボンなりにストレスを溜めているのはチハルも知っている。 どうにかしなければと強く思いながらも、何もできない自分に憤っているのも知っている。 剽軽なキャラクターで知られるショボンは自分の発言を訂正することもなく、話を続けた。
- 20 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:42:45.894 ID:3QKjT+cM0
- (´・ω・`)「まぁまぁ。 で、だ。
オープンキャンパスで出資者と中学生が何を見て受験を決めるか分かるか?」 从´ヮ`从ト「校舎ですか?」 (´・ω・`)「ノンノン」 从´ヮ`从ト「先生?」 (´^ω^`)「おっ、嬉しいこと言うねぇ。 後でどんぐり飴やるよ。 だけど違う」 妙にもったいぶった態度のショボンが、真剣な声で断言した。 (´・ω・`)「生徒だよ。 つまり、お前らだ」 从´ヮ`从ト「はぁ……」 (´・ω・`)「本当だったら伊藤が出るはずだったんだが、ほら、あいつあれじゃん?」
- 22 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:47:11.934 ID:3QKjT+cM0
- 同級生の伊藤は物腰が柔らかく、常識人として知られていた。
クラスでは委員長として、生徒会書記として、全校生徒からも注目されている女生徒である。 率先して厄介ごとに取り組み、多忙な日々を過ごすことに快感を覚えているのではないかと言う噂まであった。 だがつい先日、道路に飛び出した子供を助けた際に足首を骨折したことで入院してしまった。 チハルのクラスは伊藤という要を失ったことにより、誰もが意気消沈している。 優秀な指揮官を失った軍隊がどうなるのか、誰もが理解した。 (´・ω・`)「伊藤を抜きにして、クラスの女子で常識人って言ったらお前か都村ぐらいだ。 都村はすでにオープンキャンパスに参加が決まってる。 つまり、お前しかいないんだよ」 从´ヮ`从ト「えぇー、ヒートちゃんとか元気があっていいじゃないですか」 (´・ω・`)「体育の授業中に奴が破壊したカーボン竹刀の数を知ってるか? 17本だぞ、それも一学期だけで。 それにあいつは部活紹介の方に出るらしいからな、何にしたって無理だ」 二年生になる時、チハルはヒートの噂を聞いていた。 えらく元気のある女子で、体育の成績トップにして部活動助っ人のプロフェッショナル。 体育の度に何か危惧を破壊することから〝クラッシャー〟とあだ名されている。 同じクラスになると、彼女の誠実な性格と行動力に誰もが惹かれていた。 しかし、17本のカーボン竹刀をどうすれば破壊できるのかチハルは少しだが興味があった。
- 25 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 22:54:34.651 ID:3QKjT+cM0
- 从´ヮ`从ト「渡辺さんはどうです?
あの子可愛いし」 クラスのマスコットキャラであり、学校最強と名高い杉浦と恋仲にある渡辺なら、人前に出しても恥ずかしくない。 人に好かれる性格をしているので、オープンキャンパスに最適だろう。 (´・ω・`)「あいつの上履きを見てみろ。 まるでギブスへの寄せ書きだし、昼休みに賭け麻雀をする奴を表に出せるか。 それに、渡辺が来るってことは杉浦も来るんだぞ。 あんなのが立ってたらオープンキャンパスどころじゃない」 从´ヮ`从ト「あっ、都村さんだったらミセリがいるじゃないですか。 相性抜群ですよ」 (´・ω・`)「ミセリは昨日キュートと素手喧嘩して指導中だ。 掛け算の話をしてたとか訳の分からんこと言ってからな、当然任せられるわけがない。 とにかく、これは担任命令だ。 そんなに大変な仕事はないし、お昼ご飯もでるぞ」 从;´ヮ`从ト「うへぇ……」
- 26 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:04:11.201 ID:3QKjT+cM0
- チハルの口から出たその言葉は、面倒事を任されたという事に対してもそうだが、何より自クラスの個性の強烈さに圧倒されたからだった。
自分がクラスで楽しく談笑している時や授業中は気にしたこともなかったが、こうして話を聞くと恐ろしいクラスである。 二年二組が〝個性のワンダーランド〟と呼ばれているのも納得だ。 (´・ω・`)「まぁそう言うな。 今度マックスコーヒーを買ってやるから。 ほれ、これが実施要領」 針なしのホチキスで止められた資料を受け取って、チハルは職員室を後にした。 オープンキャンパスに出ること自体が嫌なのではないが、ブーンが来る可能性があるため、気乗りしなかったのだ。 気分が沈んだままクラスに戻り、実施要領に目を通す。 ノパ⊿゚)「おいおい、ハルハル元気がねぇな! どうしたんだよ?」 後ろの席のヒートがチハルの肩を強く叩く。
- 27 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:09:34.756 ID:3QKjT+cM0
- ノパ⊿゚)「なんだそれ? オープンキャンパス?
ハルハル、オープンキャンパスに出るのか?!」 从´ヮ`从ト「ショボン先生に頼まれちゃってさー」 ノパ⊿゚)「いいなぁ! やるじゃん! ハリボーあげるからあたしと交代しようぜ!」 差し出されたグミを食べながら、チハルは首を横に振る。 从´ヮ`从ト「あんたは竹刀破壊したし、部活もあるから駄目だってさ」 ノハ;゚⊿゚)「げぇっ!! やっぱり駄目かー! くっそぉ、バスケ部さえなければ……!!」 部活が無くても竹刀の問題があるため出られないと念を押そうかと思ったが、チハルは諦めた。 从´ヮ`从ト「ってか、オープンキャンパスの手伝いに出たがるなんて珍しいね」 ノパ⊿゚)「ん? おぉ、そりゃあたしもオープンキャンパスで先輩に憧れて入学したからな! 次はあたしの順番だ! ってやりたいじゃん」 意外だったのは、ヒートがまともな気持ちでオープンキャンパスに参加したがっていた事だった。 ノハ´⊿`)「くそー、青春っぽいことしたかったなー」 从´ヮ`从ト「ふぅん……」
- 29 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:17:14.733 ID:3QKjT+cM0
- 改めてプリントの内容を確認する。
保護者や生徒を連れて校内を案内したり、設備の説明や学校生活についての感想を素直に話すべしと書かれていた。 確かにこの内容なら、いい加減な生徒には務めさせるわけにはいかないだろう。 ノハ´⊿`)「ハルハルー、あたしの分まで頑張れよー」 从´ヮ`从ト「うん、まぁ、頑張るよ」 ノハ´⊿`)「ほれ、もっとハリボー食べろよー。 元気出るぞー」 差し出された袋からグミを一掴みもらい、チハルは遠慮なくそれを食べた。 从´ヮ`从ト「やっぱりハリボーは美味いね」 ノパ⊿゚)「だろ!」 そしてオープンキャンパス当日。 結局その日まで、チハルはブーンにこの事を伝えられなかった。 情報流出を恐れて両親にすら言っていない。 学校説明の間、チハルの仕事は案内する前に教室内の最終点検をすることだった。 机と綺麗で破損がないか。 床にごみは落ちていないか。 掲示物は必ず四隅を画鋲で止め、生徒の個人情報が載っている物は外してあるか。 ゴミ箱は空か。 ホワイトボードにマーカーのふき漏れはないか。
- 30 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:20:13.951 ID:3QKjT+cM0
- 細かく見て周る生徒の数は30名おり、それ以外の十名弱の生徒は来校者を座席に案内したり資料の配布を手伝ったりしている。
これだけで終わりならばいいのだがと、チハルは少しずれていた机を直しながら思った。 この後に控えているのは説明を済ませた来校者達に校内を案内し、説明するという作業だ。 もしもブーンが来ていたとして。 もしもチハルが案内することになったとしたら。 それはとても恐ろしいことだ。 会わないのが一番だと内心で怯えていると、その危惧は現実のものとなった。 会場の様子を見ようと体育館に足を踏み入れた時、吸い込まれるようにしてある一点に目が釘づけになった。 体育館に集まった中学生とその保護者の中に、ブーンの姿を見つけてしまったのだ。 逃げるように体育館から出ると、そこには来校者の受付があった。 数名の生徒が受付周りの撤収作業を行っていた。 受付の代表である毒島毒男はブーンとチハルの関係に気付いた様子はなかったが、チハルの様子が変わった事には目ざとく気付いた。 ('A`)「あれ、春日さんどうしたの? 笑顔が引きつってるけど」 体育館から遠ざかるために受付の片付けを手伝い始めたチハルに声をかけてきた毒島に、作り笑顔で答える。 从´ヮ`从ト「あの日なんよ」 (;゚A゚)「ご、ごめん!」 何の日と具体的に言っていないにも関わらず、毒島は素直にそれを受け止めた。 根が真面目なのが毒島の良いところなのはクラスメイトだけでなく、同級生は皆が知っている。 不健康そうな顔つきや三白眼がなければ、彼に好意を持つ異性が一人や二人いたかもしれない。
- 32 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:25:21.157 ID:3QKjT+cM0
- 从´ヮ`从ト「毒島君は、誰が学校案内の生徒を割り当てるか知ってる?」
('A`)「えーっと、ショボン先生だったはずだよ。 名簿を渡してあるから、多分もう組み合わせをしているころだと思うよ」 从´ヮ`从ト「マジかよおい」 ('A`)「あ、や、やっぱり今日は具合悪いからって言っておこうか? 俺この後先生と話しないといけないし」 気遣いを発揮する毒島であるが、チハルは首を横に振った。 从´ヮ`从ト「……あのさぁ、あたし女の子なんだよ? 男子がそれを代弁するってのはどうかと思うよ……」 (;゚A゚)「あ、そ、そうだよね! ごめん!」 从´ヮ`从ト「それに、休むほどじゃないよ」 嘘を吐いた罪悪感もあるが、仕事を投げ出すのは好きではないからだった。 来校者数150組320名に対し、案内生徒は40名。 確率で言えば約25%。 ブーンと一緒になることはないだろう。 (´・ω・`)「よーし、お待たせ。 一人あたりだいたい四組を案内してくれ。 校長の説明が終わったらその名前の来校者を連れて行くんだ。 初めての奴には一組だけ割り当ててあるから、安心してゆっくりやってくれ」
- 33 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:30:36.833 ID:3QKjT+cM0
- これは行幸だ。
初めてこのオープンキャンパスの手伝いに参加するのは10数人。 それ以外の生徒は30名ほど。 単純な数字で考えると、チハルは150分の1の人間を案内すればいいだけ。 絶対に当たらない。 当たるはずがない。 渡された紙に書かれているのは来校者の名前だ。 チハルは初めてという事もあり、一組の来校者の名前があった。 そしてそれは、ブーンの名前だった。 从;´ヮ`从ト「……何故だっ!」 頭を抱えたくなったチハルに、担任が声をかける。 (´>ω・`)b「おおそうだ春日、お前の紹介で一人来てたから、お前に割り当てたからな。 その方が気分も楽だろう。 慣れたら次のオープンキャンパスもよろしく頼む」 ショボンがウィンクと共に親指を立てた。 チハルはその仕草に限りなく腹が立ったが、担任なりの気遣いを無碍にするつもりはなく、むしろ感謝した。 だが、感謝はあくまでもその気遣いであって、気遣いの結果に対しては感謝できなかった。
- 34 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:34:11.967 ID:3QKjT+cM0
- 確かに案内役にチハルを選ぶのは自然だ。
恐らく事前アンケートにブーンはチハルの名前を書いたか、予約の際にその名前を出したのだろう。 誰も責められないし、批難も出来ない。 全てはチハル自身の問題であり、一人で悩んでいる事なのだ。 出来れば恋愛はもっと別の形で、自由に経験をしたかった。 同級生たちが先輩たちの姿を見て嬌声を上げるように、顔立ちの整った俳優を見て興奮するように恋愛をしたかった。 それがどうだ。 ブーンの顔立ちは幼く、まだまだあどけなさの残る子供のそれだ。 この前まで小学生だったブーンの体は成長期に入り、少しだけ肉付きがよくなっている。 全てを知っている。 ブーンの体の傷の歴史も。 ブーンの行動も、その性格もチハルは全て知っている。 鈍くさいところも。 人を傷つけない優しさも。 チハルの事を姉としてしか見ていないことも。 気付けば好きになり、気付けば恋に落ち、気付けば取り返しのつかない状態になっていた。 好きになる相手が選べればよかった。 気兼ねなく好きになれる相手ならばよかった。 ここ数日何度も頭の中で渦を巻く感情が、チハルの呼吸を乱した。 周囲の人間に気付かれないように胸を押さえ、深呼吸をして動悸を押さえる。 制服の下で高鳴る心臓は、不安か、それとも喜びからか。 体育館に向かい、そして中学生たちの中からブーンのところに歩いていく。
- 35 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:39:25.038 ID:3QKjT+cM0
- ( ^ω^)「おっ! ハルおねーちゃん!」
こうなってしまえば、後は仕事をこなすだけだ。 感情を排除し、徹底するしかない。 自分は機械となり、歯車となり、仕事をこなす部品となるのだ。 返答は他人行儀に。 回答はテンプレートで。 対応は事務的に。 从´ヮ`从ト「おぅ、来たか弟よ!」 無理だった。 僅かな覚悟も、ブーンの前では無意味だった。 冷たい態度で応じれば、彼がどう反応するかが分かっているからである。 何より、自分の心臓を突き刺すよりも辛い事はできない。 どうにか押さえられたのは、いつもの癖で彼の手を握って歩く事だけだった。 从´ヮ`从ト「じゃあ案内するからついてきてねー」 我ながらどうしようもないと、チハルは自嘲した。 すぐ隣をブーンが歩き、二人の後ろを両親が歩く。 途中で警備員とすれ違いざまに挨拶をすると、ブーンもそれに倣って挨拶をした。 从´ヮ`从ト「じゃあまず教室の紹介をするよー」 ( ^ω^)「おっ!」 从´ヮ`从ト「といっても、中学校と変わりはないでしょ」
- 36 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:42:33.101 ID:3QKjT+cM0
- 案内したのは1学年の教室だ。
ブーンが入学した際、最初に使うのは最上階にあるこの教室となる。 学年が上がるにつれて、使用教室の階は下になる。 ( ^ω^)「うーん、ちょっと机が大きくて椅子が高い気がするお」 電気の消された教室内は窓が開け放たれ、澄んだ空気が流れ込んできている。 カーテンが風に揺れ、柔らかな光が教室を照らす。 チハルが好きな教室の風景だ。 从´ヮ`从ト「あー、確かにそうだねー。 後は掲示板かな」 ( ^ω^)「何が違うんだお?」 教室内を歩きながら、チハルは掲示板を指さした。 从´ヮ`从ト「貼ってある掲示物。 中学の時と違うの分かる?」 ( ^ω^)「掲示板あんまり見ないから分からないお……」 从´ヮ`从ト「配ったプリントはあんまり貼らないの。 自分の事は自分で管理するからねー」 ( ^ω^)「うへぇ……」 从´ヮ`从ト「ま、ブーンも高校生になったら自分の事を自分でしないとね」
- 37 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:47:20.011 ID:3QKjT+cM0
- 教室を出て行き、次は食堂に向かった。
( ^ω^)「でけぇお!」 从´ヮ`从ト「食券を買ってそれから並ぶんだよ」 ( ^ω^)「何が一番人気なんだお?」 从´ヮ`从ト「一番人気なのはスタミナ丼だよ。 早い、安い、多い、美味いだからね」 ( ^ω^)「ハルおねーちゃんは何がおすすめなんだお?」 从´ヮ`从ト「そりゃあもちろんうどんだよ。 うどんに野菜天をのっけた奴なんだけど、野菜天がでかくてねー」 止めなければと心が叫ぶ。 これ以上傷つく要因を増やすなと、チハルの心が懇願する。 だが本能がそれを拒否する。 愛しい人間と話をすることを誰が止められようか。 空腹を覚えれば何かを食べる。 眠気を覚えれば眠りに落ちる。 それと同じ。 全ては同じなのだ。 ブーンと言う要素を吸収したいと願えば、そうする他ないのだ。 从´ヮ`从ト「あとで一緒にお昼食べる?」 口が動く。 意志に反して、本音が口から出てくる。 ( ^ω^)「うん!」 从´ヮ`从ト「よーし、じゃあねーちゃんがおごってあげるよ!」
- 38 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:52:12.120 ID:3QKjT+cM0
- 食堂の次に向かうのは、部活の紹介が行われている第2体育館だ。
第2体育館では今頃、女子バスケットボール部と男子バドミントン部が練習を行っている最中だろう。 体育館に行くと、そこには白熱した練習を見せるヒートの姿があった。 ノパ⊿゚)「走れ走れ!! この鈍間共が!!」 助っ人枠としてバスケットボール部に来ているはずのヒートだが、彼女は積極的に指示を出し、そして誰よりも激しく動いている。 肉食獣的なしなやかな動きは同性でも見ていて美しいと思えるほどで、汗を流して駆けるヒートは誰よりも輝いて見えた。 ヒートが飛翔するようにしてボールをゴールへと運び、ネットが揺れた時に大きな笛の音が響き渡った。 ノパ⊿゚)「よーし、休憩だ!!」 あれだけ走っていてもヒートは他の誰よりも涼しげな顔をしており、そして気持ちよさそうに高揚していた。 ノパ⊿゚)「おっ! ハルハルじゃん! おーい!」 両手を振ってアピールするヒート。 彼女の服装は袖なしの赤いユニフォームで、綺麗な腋が惜しげもなく見えた。 年頃の女子であれば恥ずかしがることだが、ヒートは全く気付いていないのか、それとも気にしていないのか、隠す恥ずかしがる様子もない。 チハルが小さく手を振ると、ヒートは駆け寄ってきた。 何故、と驚く間もなくヒートはチハルの前で止まり、ブーンとチハルを交互に見た。 そしてブーンに目線を固定させると、ひざを折って目線の高さを合わせた。 ノパー゚)「おう少年! ハルハルに案内してもらうとはラッキーだな! あたしはヒート、よろしくな!」 手を差し出し、握手を求める。 ヒートはこういう人間なのだ。 誰であれ差別をせず、区別をせず、素直に交流する。 ブーンもまた、そんな彼女と波長が合うのか、握手に応じた。
- 40 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/26(土) 23:59:17.693 ID:3QKjT+cM0
- ( ^ω^)「はいですお!
ヒート先輩はハルおねーちゃんのお友達なんですか?」 ノパ⊿゚)「まぁな! 親友ってやつさ! ……って待てよおい、ハルハル、おねーちゃんってなんだよ! ハルハル弟いたのか!」 ヒートが驚いた表情でチハルを見る。 从´ヮ`从ト「……乙女の秘密さ」 ノパ⊿゚)「羨ましいなぁー 弟かぁー いいなぁー」 ( ^ω^)「おー」 いつまでも手を握られているブーンが、ヒートの対応に当惑している。 誰もが最初はそういう反応を示すが、すぐに彼女の虜となる。 ヒートは紛う事なき体育会系の人間であり、その行動に悪意は一切ないのだ。 ノパ⊿゚)「あたしもさ、弟欲しかったんだよねー。 そうだ! 少年、ハリボーあげるからあたしの弟にならないか!」 ブーンの両手を握り、ヒートがこれは名案とばかりに提案する。 チハルはそれを冷静に引き留めた。 ひょっとしたらそれは、独占欲が働いたのかもしれないが、無意識の内にその提案を却下していたのは間違いない。 从´ヮ`从ト「やめーや」 ノパ⊿゚)「えー! いいじゃんよー! 減るもんじゃないだろ! 弟シェアリングしようぜ!」
- 42 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:02:36.752 ID:S8p/I/Dc0
- 从´ヮ`从ト「だーめ」
ノパ⊿゚)「ちぇー、けちー」 ようやくブーンの手を離したヒートは、最後にその手をブーンの頭に乗せた。 ノパー゚)「まぁいいや。 いつかどこかでまた会おう、少年。 ハルハルをよろしく頼むよ」 そして、ヒートは練習に戻っていった。 その清々しさがヒートの美点の一つだ。 ( ^ω^)「ヒート先輩、カッコいいお」 从´ヮ`从ト「でしょう?」 ( ^ω^)「ハルおねーちゃん、どうしてハルハルって呼ばれてるんだお?」 从´ヮ`从ト「春日のハルとチハルのハルで、ハルハルなんだってさー」 ( ^ω^)「可愛い渾名だお!」 从´ヮ`从ト「ありがとね」 部活動の説明を両親にする。 いちいち説明するまでもないが、それでも一応仕事はこなす。 チハルの説明を両親は微笑ましそうに聞き、学校にある部活の種類を最後に説明した。 从´ヮ`从ト「文化部が十種類、運動部が同じく十種類あります。 文化部は文芸部、漫画部、テーブルゲーム部、茶道部、華道部、模型部、創作部、軽音楽部、吹奏楽部、合唱部。 運動部はバスケットボール部、バドミントン部、卓球部、野球部、陸上競技部、サッカー部、ソフトボール部、弓道部、柔道部、射撃部。 後は同好会が複数って感じですね」
- 43 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:05:41.328 ID:S8p/I/Dc0
- ( ^ω^)「同好会?」
从´ヮ`从ト「部活じゃないんだけど、部活に近いものさね。 例えば自転車が好きな人が5人いたとしようか。 部活動として認められるのは10人以上と定められているから、部活にはなれない。 だけど5人もいたらやっぱり活動したいじゃない? 予算は出ないけど、好きな者同士で活動することを認めますよーってこと」 逆を言えば、5人集まれば同好会としての要件を満たすため、多くの同好会が産まれることになる。 チハルが知る限りでは20以上の同好会があり、その内の10ほどが仲のいい者同士で作られた意味のない同好会である。 酷いものになると、イケメン同好会と言うのが作られたと聞いたことがあった。 そして、今度は本棟にある図書室などの施設を案内していく。 廊下や校門付近に設置された最新の防犯カメラについては両親も知らなかったようで、感心した風に話を聞いていた。 校内案内の最後は、職員室だった。 从´ヮ`从ト「ブーン、中学校の職員室とこの学校の職員室、どう違うか分かる?」 ( ^ω^)「……扉がないお」 从´ヮ`从ト「正解。 普通がどうかは知らないけど、うちの学校は扉がないの。 何でも、生徒と教師の壁を出来る限りなくそう、って考えらしいよ」 ( ^ω^)「おー、職員室恐いお……」 从´ヮ`从ト「あたしも怖かったよ。 まぁ好んで行くような場所じゃないけど、相談事があればすぐに出来るのが利点だね」
- 44 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:09:34.052 ID:S8p/I/Dc0
- 義務教育期間における公立の職員室とは未知の空間である。
漂う空気、独特の匂い。 全てが生徒にとっては慣れない物であり、そこに入るためには地獄の扉を開けるような覚悟がいる。 職員室に用のある生徒というのは、何らかの問題を起こした生徒であるという認識があり、そのために奇異に近い視線を向けられる。 いたたまれない空間の中で要求されるのは、目的の教師の名前を呼ぶこと。 だがそれが関門。 用件と名前を言わなければほぼ全ての教師が無視し、助けてはくれない。 チハルにもそういった経験があった。 しかしこの学校の職員室には、扉がない。 つまり、心理的な障壁の大きな一つが消えることになる。 現に、彼の人柄もあるのだろうがショボンと話をする時には中学校時代に感じていた恐怖は微塵もない。 ( ^ω^)「おー、それは大切だお……」 从´ヮ`从ト「特に進路相談がしやすいのは助かるねー」 現在チハルは、進学の方向で進路を考えている。 今の時代、ほとんどの高校生が進学を考えている。 大学か、それとも専門学校か。 進学と一括りに言っても、大学と専門学校でも違いがある。 大学には短大があり、専門学校には年数の違いがある。 何を学ぶのかを考えた上で己の進路を決めなければならないが、この二つの違いは明白であるが故に、そう簡単には決められない。 大学であれば勉学に重点が置かれ、専門学校であれば専門の勉学に重点が置かれる。 最大の違いは学ぶ内容に対する覚悟である。 具体的な内容が決まっていて尚且つそれを職とする覚悟があれば専門学校に進み、具体的な進路が決まっていない、更に多くを学びたいという気持ちがあれば大学に進むことになる。 チハルには将来の夢があった。 その夢を叶えるためには大学に進むのが最適だった。 だが大学は星の数ほどある。 選ばなければ入学が出来る時代となった今、選ぶべき大学を探すことが大切だった。 自力で探すだけでなく、教師の視点からの意見を求める際、職員室に入りやすいというのは非常に都合がいい。
- 45 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:12:28.821 ID:S8p/I/Dc0
- 从´ヮ`从ト「ブーンもその内分かるよ」
( ^ω^)「おっ、分かったお!」 こうしてオープンキャンパスは無事に終わるかに思われた。 ( ^ω^)「ハルおねーちゃん、ありがとうだお!」 ――最後にブーンが見せた無垢な笑顔にチハルが反応をしなければ。 从´ヮ`从ト「っ……!!」 己が迂闊な状態だったのはチハルにも自覚があった。 だが覚悟が足りなかった。 湧き上がってきた強烈な保護欲の衝動に抗うだけの覚悟が、その瞬間のチハルにはなかった。 両手がブーンを抱きしめる寸前で停止したのは、遅れて動いた彼女の理性がなした技だった。 どうにかその両手をブーンの肩に乗せ、その場を誤魔化したが、チハルの心は誤魔化せなかった。 すでに制御が困難な状態になっていることを自覚したチハルは、それ以降の自分の立ち振る舞いについて考え直さなければならなかった。 家に戻り、夕食と風呂を済ませたらすぐに寝た。 瞼を降ろしてからも、チハルは現実を直視しつづけなければならなかった。 チハルはブーンに惹かれ、その思いは理性ではコントロールが出来ないまでに成長している。 想いを伝えたい。 結果が自分にとって良いものでなくても、胸の内に秘めたこの思いを吐き出さずにはいられない。 誰かに話し、誰かに理解してもらいたい。 胸が痛かった。 じわじわと締め付けられるような痛みは、甘く、切なく、そしてそれがいつまでも続く。 あまりの痛さに胸を押さえ、チハルは涙を流した。 苦しい、そう思った時には呼吸が乱れ始め、過呼吸の前兆が見られた。 己に言い聞かせるようにして、心を落ち着かせる。 耳に心臓の鼓動が届く。
- 46 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:16:30.328 ID:S8p/I/Dc0
- ゆっくりと、静かに呼吸を元に戻していく。
このままでは心が持たない。 胸に蓄積したこの想いを、誰かに理解してもらいたいと強く思う。 瞼を上げたチハルは携帯電話に手を伸ばし、最も信頼する人物のアドレスにメールを送ることにした。 夜に送る非礼と、手短な相談の内容を書き連ね、送信する。 慈母のような存在、かつての担任だったアデーレ・デレーナへ。 返信は三十分後に来た。 文面は短く、明日会おう、というものだった。 チハルはそれに甘んじ、時間と場所を決めてから眠りに落ちる努力をした。 ネイティブの英語教師としてチハルたちに英語を教えていたデレーナは、生徒達の相談を親身になって聞いてくれる人間だ。 これまでにチハルが出会ったどの教師よりも優しく、厳しい人物だった。 一か月前に産休に入り、それでも彼女に相談をする生徒は後を絶たない。 从´ヮ`从ト「すみません、大変な時に……」 翌日、チハルはデレーナの最寄り駅のファミリーレストランで会った。 ゆったりとした服を下から押し上げる大きな腹には、新たな命が宿っている。 日曜日のレストランにはほとんど客がいなかった。 店内にはラジオから洋楽をBGMに、丁寧な英語で日に日に緊迫する世界情勢についてのニュースが流れているが、誰もそれを気になどしないだろう。 一番奥の席に座る二人は互いに注文を済ませ、向かい合わせて座った。 ζ(゚ー゚*ζ「ハルちゃんみたいにタフな教え子が辛いっていうんですもの、気にしないで」
- 47 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:21:00.256 ID:S8p/I/Dc0
- ルイボスティーを一口飲み、デレーナはチハルの言葉を待つ。
从´ヮ`从ト「先生は、恋ってしたことありますか?」 ζ(゚ー゚*ζ「えぇもちろん。 貴女ぐらいの時にもね」 事前にデレーナに送ったメールには、チハルの現状を単純に書き連ねてある。 問題となるのが恋路であることが分かっているデレーナは、すぐに返答したが、その表情には昔を懐かしむ寂しげなものがあった。 从´ヮ`从ト「その時の相手って、誰だったんですか?」 ζ(゚ー゚*ζ「同じ学校の人よ。 優しくて、時々浮かべる笑顔がステキだったの」 当時を思い浮かべるデレーナは話し終えると再びルイボスティーを口に含み、喉を鳴らして飲み込んだ。 チハルもオレンジジュースを飲み、続ける。 从´ヮ`从ト「告白はしたんですか?」 ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、相手には立場があったから言わずじまいだったわよ」 从´ヮ`从ト「立場?」 ζ(゚ー゚*ζ「学校の先生だったの、その人。 新任の先生で若かったんだけど、どの先生よりも生徒想いの不器用な人だったわ」 デレーナは気恥かしそうに微笑む。 チハルはその過去の告白に対し、自分の立場を重ねて考えた。 教師と生徒の恋愛はご法度の代表だ。 教師が生徒に対して恋愛関与を抱けば、自ずと生徒に対する対応に差が出てきてしまう。 それは微細な変化であり、実に巧妙に隠された物であっても、間違いなく察しがついてしまうものである。 タブーの一つであるが、叶えてはならないという物ではない。
- 48 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:25:17.238 ID:S8p/I/Dc0
- 単に在校期間中の問題であり、卒業後はどうなろうが自由なのだ。
だがチハルには卒業後も在校中も関係がない。 しかし、デレーナが在校生である期間中に教師に好意を抱いたというのは貴重な意見だ。 从´ヮ`从ト「その間、苦しかったですか?」 ζ(゚ー゚*ζ「それはもう、とっても苦しかったわよ。 だけど、卒業するまでは告白するわけにはいかなかったからね。 そうこうしている内に先生が結婚して、その恋は終わったわ」 从´ヮ`从ト「諦めって付きました?」 ζ(゚ー゚*ζ「うーん、正直なところ一か月ぐらい引きずったわね。 でも相手が幸せならいいんじゃないかって結論になったわ。 だってそうでしょ? 自分が幸せになるために相手を好きになるわけじゃないんですもの」 从´ヮ`从ト「……ふぅむ」 ζ(゚ー゚*ζ「人を好きになるっていうのは素晴らしいことだと思うわ。 相手が誰であれ、それだけで力になるんですもの。 でも力になる反面、その想いが成就するまでの間はずっと思いが風船みたいに膨らんでいくの。 破裂したら心が辛いけど、それでも、いい経験よ」 チハルは手元のコーヒーの水面を見た。 そこに映る自分の姿は、コーヒーと同じくどんよりとしたものだった。 ζ(゚ー゚*ζ「……どんな人なの、ハルちゃんの好きな人って」 从´ヮ`从ト「えっと…… その……」 口ごもるチハルの答えを、デレーナは静かに待つ。 決して催促はせず、静かに。 風が吹くのを待つように、優しげな青い瞳がチハルを見据える。
- 49 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:30:25.011 ID:S8p/I/Dc0
- 从´ヮ`从ト「頼りなくて…… あたしがいないとダメで、不器用で。
駄目なところがたくさんありますけど……」 少しだけ言葉が詰まる。 从´ヮ`从ト「……でも、そんな全部が好きなんです。 何がどう好きなのかは分かりませんけど……」 自分の感情を口に出した時、胸の中にあった大きな石がなくなったような感覚がチハルを襲った。 完全に解放されたわけではないが、それでも、気分が楽になった。 チハルの告白にデレーナは深く頷き、感心した風に溜息を吐いた。 ζ(゚ー゚*ζ「その若さで、随分と成熟した感情を持っているのね。 顔がいいから、性格がいいから、お金を持っているから好き、じゃあまだ幼いわ。 存在が愛おしいと思える人に会えてよかったわね。 ハルちゃん、随分昔からその人の事好きだったでしょ」 从´ヮ`从ト「えぇ…… たぶん……」 思い返せば、チハルはブーンが母親の腕に抱かれているのを見た時から惹かれていた。 愛くるしい表情。 小さな手がチハルの指を握った時の感動を、今でも思い出せる。 あまりも近すぎた関係は感覚を麻痺させ、 ζ(゚ー゚*ζ「そして、とても長い間一緒にいた。 それこそ、家族のように近くて長い間。 合ってるかしら?」 从´ヮ`从ト「……合ってます」 ζ(゚ー゚*ζ「で、年下」 驚きのあまり、チハルは手に持ったカップを落としそうになった。
- 50 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:36:41.752 ID:S8p/I/Dc0
- ζ(゚ー゚*ζ「当たり?」
从;´ヮ`从ト「当たりです…… でもどうして?」 ζ(゚ー゚*ζ「んふふ、女同士ですもの。 それにね、ハルちゃんとは二年一緒にいたのよ? 分かるわよ」 唇を濡らす程度のコーヒーを口に含む。 从´ヮ`从ト「今ある関係を壊すのが怖くて、どうしても言い出せなくて……」 デレーナは頷き、続きを待つ。 从´ヮ`从ト「家族が関係してくるから、こんな感情はいけないんだ、って。 そりゃあ叶えば幸せですけど、叶わなかったら…… その子は〝弟〟で、あたしのことは〝お姉ちゃん〟としか思ってないかもしれないから……」 そこでチハルは言葉に詰まった。 これ以上喋るとただでさえ泣き出しそうな状態なのに、感情が高ぶれば間違いなく涙が出てきてしまう。 耐えなければ、と思えば思うほど、感情が沸騰するような感覚が胸に湧き上がる。 ζ(゚ー゚*ζ「ハルちゃん」 そして、デレーナが告げる。 チハルにとっての弱点であり、切り札でもあるそれを。 ブーンと彼女とを結びつけるための、最後の希望を。 何故チハルが一人葛藤し、ブーンに対する感情を最後まで捨てられないのか。 全ては、次にデレーナが口にした言葉が代弁していた。
- 52 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:51:13.809 ID:S8p/I/Dc0
- .
ζ(゚ー゚*ζ「血が繋がっているならいざしらず、近所の年下の男の子を好きになっても誰も非難しないわよ。 それに、家族ぐるみの付き合いでも子供同士の恋愛を止める権利は誰にもないわ」 .
- 53 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:55:30.732 ID:S8p/I/Dc0
- ブーンとチハルは血の繋がりがない。
それ以前に、本物の家族でもない。 デレーナが言った通り、家族ぐるみで付き合いをしているだけだ。 担任だったデレーナはチハルの家族構成を知っている。 両親と本人だけの三人家族。 本当の弟はいない。 そして彼女は、少しの情報から真実を引き出す術を持っている。 賢明な彼女は、これまでの会話からブーンの情報を理解した。 キーワードとなったのは、〝弟〟だったが、それ以外の言葉を繋げれば確かにブーンの存在が浮かび上がってくる。 年下。 家族。 〝お姉ちゃん〟。 本物の姉弟を構成する材料としては申し分ないが、決定的に欠けているのは血の繋がり。 家族でない以上、恋愛感情を持つことに対しては倫理的に見ても問題はない。 問題となるのは何か。 それは、チハル自身の心の持ち方だけなのだ。 実際問題、チハルが心を病んでいるのは彼女が遠慮をしているだけなのである。 ζ(゚ー゚*ζ「私の予想、合ってる?」 从;´ヮ`从ト「合ってます……」 ζ(゚ー゚*ζ「それは良かった。 ハルちゃん、貴女はやっぱり優しい子ね」
- 54 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 00:59:06.655 ID:S8p/I/Dc0
- 机越しにデレーナの手がチハルの頭に伸び、子供をあやすように優しく撫でた。
デレーナの笑顔はこれまでのチハルの心労を全て見て来たかのように優しげで、慈愛に満ちたものだった。 目頭に痺れるような痛みが走る。 もう、我慢が出来なかった。 チハルの心の最後の決壊が崩れる。 頬が溢れてくる。 一つ、二つと。 大粒の涙が零れ落ち、手の上に落ちる。 ζ(゚ー゚*ζ「よく一人で頑張ったわね」 言葉の一つ一つがチハルの胸にしみる。 ずっと耐えてきたのだ。 一人で、誰にも相談できずに。 耐え凌ぎ、抑え込み、押し殺してきた感情。 家族が困るかもしれない感情を殺し続けてきたチハルにとって、今、あふれ出てきた感情を封殺するのは不可能だった。 殺し続けてきた感情が濁流となり、チハルから自制心を奪い、大量の涙に変えた。 何も言わず、デレーナがチハルの横に移動し、その頭を胸に抱いた。 涙がデレーナの服を濡らす。 彼女の両手がチハルの背中と頭にまわされ、強く抱きしめた。 声もなく泣く。 声も出せずに泣く。 声など、出せるはずがない。 嗚咽など漏らせない。 十数年間の想いが涙となって溢れるが、その想いは悲しさではないのだ。 むしろ逆の感情だった。
- 55 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:00:07.333 ID:S8p/I/Dc0
- ブーンと出会えたことに後悔はない。
幸せな日々を手に入れ、ブーンと誰よりも近くにいられた。 それが何よりも嬉しかった。 流す涙は理解されたことに対する感謝の涙だった。 もう一人ではなくなったことに対する喜びの涙だった。 貯め続けてきた負の感情を吐き出せたことに対する歓喜の涙だった。 もっと早い段階で誰かに相談が出来ればよかった。 友人。 家族。 相談相手はいた。 相談が出来ないだけだった。 それは想いが口に出せない事を意味し、毒が体から出て行かないのと同義だった。 友人に話すにはお互いに人生経験が不足していて、良い打開策は勿論だが、その話が知れ渡る可能性もあった。 未熟な人間は知った秘密を誰かに話したくて仕方がないのだ。 信頼できる友人でさえも、チハルは信頼しきれなかった。 それすらも未熟さだと気付けない程に、チハルはまだ子供だったのである。 当然、家族に話すわけにはいかなかった。 知られることでさえ恐れ、その感情がある事さえ隠し通した。 そのために心を殺した。 殺して、殺して。 起き上がってくるたびに、殺した。 その日々は筆舌に尽くしがたい負荷を彼女の心にかけた。 押し潰されなかったのは、彼女の想い人が誰よりも近くにいたからである。 それでもそれは、辛うじて心が分裂するのを保つための一時しのぎにすぎない。 時が来れば確実に心が自壊していただろう。
- 56 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:02:53.582 ID:S8p/I/Dc0
- ζ(゚ー゚*ζ「何も怖くないわよ。
ハルちゃん、貴女は何も間違っていないわ」 誰かにそう言ってもらいたかった。 ずっと。 ずっと、自分の想いは悪ではないのだと言ってほしかったのだ。 人目もはばからず、チハルはそうして一時間ほどデレーナの胸に抱かれた。 ようやく落ち着きを取り戻し、言葉が話せる状態になる。 目は泣き腫れて赤くなり、鼻水も出てみっともない姿になっていた。 从´ヮ`从ト「すみません…… 取り乱しちゃって……」 服が汚れたのを気にする様子もなく、デレーナはナプキンでチハルの鼻を拭った。 ζ(゚ー゚*ζ「いいのよ。 感情をため込んだままだと体には毒だからね」 そう言って、デレーナは微笑む。 同性でさえその笑顔が魅力的だと、チハルは思う。 同じ人間とは思えない端正な顔立ちは正に芸術品だ。 ζ(゚ー゚*ζ「無理にとは言わないけど、やっぱり想いは伝えないと伝わらない物よ。 ハルちゃんに、いいこと教えてあげるわ」 从´ヮ`从ト「?」 ζ(゚ー゚*ζ「伝え方はね、言葉だけじゃないのよ。 沢山の気持ちを伝えるためには言葉よりもいい方法があるのよ」 从´ヮ`从ト「どうやるんですか?」 そしてデレーナは悪戯っぽい笑みを口の端に浮かべた。 ζ(゚ー゚*ζ「それは宿題。 自分の心に正直になりなさい、ハルちゃん。 そうすれば自ずと答えは分かるわよ」
- 61 名前:強制イベント【そしていつもの日常】:2016/03/27(日) 01:19:24.667 ID:S8p/I/Dc0
- ――帰宅後、チハルはデレーナの宿題の答えを自分なりに考えてみることにした。
言葉以外の方法で想いを伝える方法は、心に正直になる事。 つまり、胸の奥からあふれ出てくる感情に従って行動をするという事。 それは、これまでにしたくても出来なかった事だ。 水を求めるように自然に、チハルの心が求める行動。 何度考えても、答えは出てこなかった。 しかし焦らなくてもいいのかもしれない。 デレーナに話したことで肩の荷が一つ下りただけでも、今日は価値があった一日だった。 チハルは布団に入り込み、瞼を降ろした。 その晩、チハルは久しぶりに悪夢を見ることなく熟睡することが出来た。 それから日々が過ぎ、秋が来て、冬が来て、そして春が来る。 ブーンとの関係はこれまで通り、何一つ変化がないが、それでもいいと思えるようになってきた。 ブーンに想いを伝えることを止め、その代わりに日々を大切に過ごしていくべきだと考えるようになった。 それは不変の日常、変化をしない日常を望んだ結果だった。 何一つ変わることのないこの世の中で、チハルはせめてもの不変を願ったのである。 言葉で伝える以外の方法を思いつかなかったチハルの、せめてもの行動だった。 行動を起こさないという行動。 これまで通りに接して、これまで通りの日々を続けさせること。 チハルはその願いが叶わないと知っていた。 それでも。 それでも、チハルは日常を望んだのである。 そうすればいつかは、デレーナの宿題の答えが分かると思ったのだ。
- 62 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:21:45.369 ID:S8p/I/Dc0
- ――四月三日。
チハルは通い慣れた通学路を歩いていた。 世界がどうであれ、ブーンを想う彼女の心は変わらずにいた。 周囲が何をどう言おうと、チハルは穏やかな気持ちで空を見上げていられる。 春の空は夏のような鮮やかさも冬のような繊細さもない。 ただ、平穏そのものと言える温かさがそこにあるだけだ。 薄い雲も。 柔らかい日差しも。 撫でるような温かな風も。 春の空は今日も静かに世界を見守っている。 肺いっぱいに春の空気を取り込む。 花の甘い香りがした。 いい日だ。 生命の息吹を感じられるいい日だと、チハルは心から思う。 気が付けば独り言ちていた。 从´ヮ`从ト「今日もいい天気だなー」 ノパ⊿゚)「ハルハルー! おはよー!」 後ろからものすごい勢いでヒートが駆けてくる。 チハルの横で止まっても息は一切上がっていなかった。 从´ヮ`从ト「おはよー」 ノパ⊿゚)「いい日だな! 絶好の学校日和だ!」 从´ヮ`从ト「そうだねー。 お花見とかしたいねー」 ノパ⊿゚)「おっ! いいねそれ! 午前中授業だし、帰りに公園に行って花見しようぜ!」 从´ヮ`从ト「そいつぁナイスだね! 銀チョコでも買っていこうよ」 チハルの上着の中で携帯電話がメールを受信したことを告げるが、チハルはそれを無視した。 今はこの時間を大切にしたい。 ブーンとの時間を大切にするように、ヒートや同級生たちと過ごす学校生活を大切にしたいと思ったのだ。 从´ヮ`从ト「弟分も呼んでいいかな? 確か、中学校も今日は午前中でおしまいだって言ってたんだ」 ノパ⊿゚)「おいおいおいおいおいおい!! そいつぁ最高じゃないか!! やったぜ、あの少年とまた会えるのか!! なぁ、サッカーとか好きかな?」 从´ヮ`从ト「三人でどうサッカーするのさ」 他愛のない会話をしながら、再びチハルは空を見上げる。 ブーンとの関係を進めるのは少しずつでも構わない。 焦って進めなくていい。 見上げた空は、今のチハルのそれと同じように穏やかな色をしていたのであった。 从´ヮ`从ト「……ほーんと、いい天気」
- 63 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:25:10.762 ID:S8p/I/Dc0
- 从´ヮ`从ト 姉心と春の空のようです
【Normal END】
- 64 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:26:17.771 ID:S8p/I/Dc0
- .
True END が解放されました
- 67 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:30:19.914 ID:S8p/I/Dc0
- 夜遅くまで支援ありがとうございました
True ENDは明日投下しようと思いますが、True ENDを見る覚悟をご用意いただけると幸いです 何か質問などあれば答えられる範囲内でお答えさせていただきます
- 68 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:31:14.363 ID:zll/vhFM0
- 乙
明日もVIP?
- 69 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:32:53.393 ID:S8p/I/Dc0
- >>68
明日もVIPでございます 今日よりも投下時間は早めにする予定です
- 70 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:34:11.008 ID:n3amVslC0
- 明日とは日曜か月曜か
- 71 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:34:46.925 ID:S8p/I/Dc0
- >>70
Oh...日曜日でございます
- 72 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:36:17.929 ID:byZi58sa0
- 勿論、地獄行きのBad ENDもあるんですよね
- 74 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/03/27(日) 01:40:36.041 ID:S8p/I/Dc0
- >>72
まずお姉ちゃんを手に入れた時点でBad ENDはないのです
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