mesimarja
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(=゚д゚)時計のようです
1 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:35:32.953 ID:ZymOa7RN0
夏も八月に入り、本格的な暑さが東京を覆いつつある。

こんな日は軽井沢の別荘にでも行って釣りでも楽しむか。

そんな別荘があればの話だが。


おれはキャスターつきの椅子に座りながら、スチールデスクのうえに足を乗せ、週刊誌を読んでいた。

暇を持て余した昼さがり、ゆっくりと一ページずつ読んでは睡魔の訪れを待ちわびていたが、まんじりともできず読み終えてしまった。

今日ははずれか……。

呟きながら週刊誌をデスクに放り、後ろのブラインドの隙間から窓外を覗く。

先ほどまではビル群をはるか上空から照らしていた太陽が、徐々にビルの陰に沈んでいくのがみえる。

夕暮れの訪れとはこんなにも早いものだったのか。

いや、ここは週刊誌が暇つぶしとしての役割をしっかり果たしてくれたのだと褒めるべきだろう。

そんなことを思いながら、おれはデスクのうえに置かれたサイダーの500ml缶を手に取った。

右手で缶を握り、左手でプルタブを倒す。

わずかに炭酸の抜けるこころよい音が室内に響く。

飲み口を口に運び液体をゆっくりとのどに流し込む。

炭酸の刺激がひりひりとのどを通過し胃に染み渡るのを感じる。

傍らに置いた扇風機は生ぬるい風を吹きつけてくるだけで用をなさない。

そのため、涼をとる方法が冷えたドリンクを飲む以外にないのだ。

居抜きで設置されていた古いエアコンは、効きが悪く、無駄に電力を消費するだけのがらくたとして老醜をさらしている。

最新のエアコンは機能がよく電気代もくわないとのことだが、いまだに購入のめどはたっていない。


2 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:36:28.758 ID:ZymOa7RN0
温風にあたりながらサイダーを飲む。

こうして夜更けを待つのだ。


この一缶を飲み干す頃にはなん時になっているだろうかと考えながら、二口目をのどに流し込む。

そのまま刺激の余韻に浸っていると、ふと跫音が耳に届いた。

とん、とん、と音を立てながら鉄の階段をのぼってくる。

音の質からしてハイヒールや革靴のものではない。

おそらくスニーカーのものだろう。

やがて音が止み、次いでドアブザーがおれの部屋に鳴り響く。

ドアに近づき魚眼レンズを覗くと、そこには一人の女が立っていた。

ξ゚⊿゚)ξ

カールした黒髪をポニーテールにして肩の辺りまで伸ばし、上は淡いグレーのTシャツに下は濃い色のジーンズ。

肩には焦げ茶色のショルダーバッグを掛けている。

3 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:37:22.986 ID:ZymOa7RN0
おれは微笑を浮かべながらゆっくりとドアを開き、ようこそ、どうぞお入りください、と言って女を室内へ招いた。

女は軽く会釈をし、部屋の中へ。

玄関に立つとぐるりと室内を見回し、あなたお一人ですか、と訪ねてきた。

おれは、そうですが、なにか不都合でも、と訊き返した。

いいえ、そんなことはありませんよ、ただ訊いてみただけです。

女はぎこちなくはにかんだ。


幾分緊張しているようだ。

こういう調査機関を利用するのは初めてなのだろう。

初めての客は丁重に扱わなければ。


お座りください。

おれは部屋の右手に据えられた応接セットのソファーを掌で示した。

女は、失礼いたします、と一礼してからソファーに腰かけ、バッグを膝のうえにのせた。

ファイルキャビネットのうえにあるコーヒーポットから、
二つのグラスにコーヒーを注ぎ、 冷凍庫から取り出した氷を三個入れ、ひとつを女の前に置いた。

女は礼をいうと、ガムシロップとフレッシュを入れたコーヒーを一口飲んだ。

白い喉がゆっくりと波打つ。

4 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:38:56.370 ID:ZymOa7RN0
(=゚д゚)「初めまして、わたしはこの事務所の所長の義虎正寅(ぎこまさとら)といいます」

おれは向かいに座り自己紹介をした。

すると女が首を傾げた。

理由はわかっている。

(=゚д゚)「亡くなった先代の茂名重光からこの事務所を引き継いだんですよ。
     わたしは茂名調査事務の二代目所長になります」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、そうだったんですね」

説明を聞いた女は得心した様子で小さくうなづいた。


電話帳には事務所の名前と住所と電話番号しか記載されていない。

『安心安全』だの『迅速丁寧』だのという惹句も書かれていない簡素な広告が載っているだけだ。

タクシーのように街を流していれば誰かが手を挙げてくれるような稼業ではない。

こうして客の方から飛び込んでくるとは、今日は運がいい。

5 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:41:17.120 ID:ZymOa7RN0
(=゚д゚)「ではこちらを」

おれはデスクからステンレスの名刺入れを持ってくると、その中から一枚を引き抜き女に差し出した。
 
女は両手で名刺を受取ると、軽く眺めてからバッグにしまった。

そして、「はじめまして、わたしは津出礼子といいます」と自己紹介し、深々と頭をさげた。

ξ゚⊿゚)ξ「あっ」

津出礼子は思い出したようにかたわらのバッグに手を突っ込むと、そこから茶色い革の名刺入れを取り出した。

ξ゚⊿゚)ξ「どうぞ」

差し出された名刺を受けとり目を通す。

名刺には彼女の名前の他に「津出生花店」という勤め先らしき店の名前とそこの住所と電話番号が記されていた。

(=゚д゚)「お花屋さんにお勤めですか」

ξ゚⊿゚)ξ「個人経営の小さいお店ですけど」

個人経営ね、おれは心中で呟きながら、名刺をテーブルのはじに置いた。

6 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:43:56.869 ID:ZymOa7RN0
コーヒーにガムシロップをひとつ入れ、プラスチックの棒でかき混ぜる。

棒とから容器をそばのごみ箱に捨ててから、彼女に訊ねた。

(=゚д゚)「それでは、本日はどのようなご用件でお越しくださったのでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「実は……」

彼女は両手でバッグの肩ひもを握り締めた。

ξ゚⊿゚)ξ「わたしは渋谷で小さな花屋を営んでいるのですが、三日前、不思議な男性がお店に現れたんです」

(=゚д゚)「不思議な男性?」

ξ゚⊿゚)ξ「はい、日本人にしては珍しいくらい鼻が高くて、優しげな眼をした男性でした。
      見た感じでは二十代前半くらいだったので、多分、大学生ではないかと思うのですが――」

彼女はそこでいったん言葉を切り、小さく息をついてから、続けた。

7 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:45:28.275 ID:ZymOa7RN0
それは三日前にさかのぼる。

よく晴れた昼日中のことだった。

彼女が店の中で薔薇の棘取りをしているとき、ひとりの男が会計を済ませようと彼女に十本のリナリアを渡した。

そこまでは他の客と変わりなかったのだが、レジで代金を請求したときだった。

男性がズボンのポケットから銀色に輝く円形の物体を取り出し、これとその花を交換して欲しいと持ち掛けてきたのだという。

彼女は驚きながらも、申し訳ございませんがそのようなサービスは承っておりません、と丁重に断った。

しかし男は、お願いですから交換してください、と言ったきり、物体を差し出したまま硬直してしまった。

まるで彫像のように。

だが、不思議と不気味な感覚はなく、まるで芸術的なものを見ているかのような錯覚に囚われていた。

一言でいえば儚さ、そんな印象を彼女は受け――気付いた時には、物体を手にしたまま立ち尽くしていたという。

9 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:47:58.062 ID:ZymOa7RN0
(=゚д゚)「無意識のうちに花と交換してしまっていたということですか」

彼女はゆっくりと頷いた。

おれは顎に手を当て、少し考える素振りをしてから口を開いた。

(=゚д゚)「現物は今お持ちですか」

ξ゚⊿゚)ξ「はい、持ってきました」

そう言うと彼女はバッグから物体を取り出し、テーブルのうえに置いた。

それは化粧品のコンパクトをもっと小ぶりにしたようなサイズの懐中時計だった。

ふたの表面には髪をストレートに伸ばした人魚が横を向いた状態で岩礁に座るという構図の浮彫が施されている。

おれは懐中時計に眼を注ぎながら、彼女に訊ねた。

(=゚д゚)「手にとってみてもかまいませんか?」

ξ゚⊿゚)ξ「どうぞ」

了承を得ると、テーブルに置かれた時計をつまみ上げ、掌にのせた。

純銀なのかはさだかではないが、それなりに重みを感じる。

意匠の施されていない裏面はおれの顔が映りこむほどの光沢を帯びており、右側には小さな穴が開いていた。

メンテナンスをするためのものなのか、考えながら時計のふたを開くと、答えはすぐにみつかった。

長針と秒針と数字の配された盤面の下にオルゴールのシリンダーが埋め込まれていたからである。

どうやらゼンマイを巻くための穴のようだ。

秒針は動いているが、オルゴールは静止しているため音楽をきくことはできない。

10 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:49:49.752 ID:ZymOa7RN0
おれは時計を矯めつ眇めつ五分ほど眺めたのち、彼女に返した。

(=゚д゚)「ありがとうございました」

ξ゚⊿゚)ξ「いえ」

彼女は時計を受け取ると、指で優しく包み込み、バッグにしまった

(=゚д゚)「見たところなかなか上等な時計のようですね。やはり初めてみたときはさぞ驚いたでしょう」

ξ゚⊿゚)ξ「交換して欲しいというお願いには驚きましたけど、時計そのものには特に」

彼女は毅然とした表情できっぱりと言ってのけた。

ξ゚⊿゚)ξ「わたしは普段から貴金属より断然美しいものに囲まれているものですから」

(=゚д゚)「それはやはり――」

おれが言い終わるより早く、彼女は言葉を継ぎ足した。

ξ゚⊿゚)ξ「貴金属と違って、お花は生きているんです。
      生きているからこそ、命があるんです。
      命があるからこそ、いつかは生涯を終えなければならない時がきます。
      だからこそ目一杯花開くんです。
      その時がくるまで精一杯生きるんです。
      生きているからこその美しさがあるんです」

一頻り言い終えると、彼女ははっと息を飲んだ。

恥ずかしげに顔をうつむけ、スイッチが切れたかのように黙りこくってしまった。

今までとは打って変わり熱を帯びた語勢から、彼女の花に対する愛情の深さが窺い知れる。

11 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:51:56.245 ID:ZymOa7RN0
おれは微笑を浮かべた。

(=^д^)「なに、恥じることなんてありませんよ。
     あなたの花を想う気持ち、十分伝わりました」

ξ゚⊿゚)ξ「ありがとうございます……」

彼女はなおもうつむいたまま、 小さな声で答えた。


おれは自分のグラスを手に取り、口に運んだ。

氷が解けてかなり薄くなっている。

一口だけのつもりだったが、そのまま一気に飲み干した。

グラスを置き、口を尖らせてゆっくりと息を吐くと、俯いている彼女に問い掛けた。

(=゚д゚)「では、今回のあなたのご依頼は、その男性を捜し出してほしい、ということでよろしいのでしょうか?」

その言葉にようやく顔を上げると、恥ずかしさのせいか目を合わそうとはしないが、首肯した。

(=゚д゚)「その目的も、お聞きしてよろしいですか」

彼女は小さく頷くと、コーヒーで唇を湿らせた。

グラスを置き、口を開く。

ξ゚⊿゚)ξ「わたしは、知りたいんです。
      あの男性が交換したお花が、今どのように扱われているのか、なぜあそこまでしてお花が欲しかったのか、それだけが」

言い終わると、窺うような眼でおれをみつめてきた。

おれはその眼を見据えながら、大きく頷いた。


(=゚д゚)「お任せください」

12 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:53:10.019 ID:ZymOa7RN0
 ※


おれは翌日から調査を開始した。

鼻が高く、優しげな眼をした二十代前半の大学生と思しき男という依頼人の証言のみを頼りに、
電車を乗り継ぎ、靴底をすり減らし、渋谷の大学や短大を訪ね歩いた。

学生には、妹を妊娠させて行方をくらませた男を探している、協力してほしい、と哀切な表情を作って嘘をつくだけでよかった。

だが、有益な情報を得るには至らなかった。

恐ろしく存在感が薄いのか、はたまた交友範囲が狭いのか、見当はつきかねたが、今のおれには歩き続ける他なかった。


東四丁目にある大学へ続く通りを歩く頃には時刻は三時を過ぎており、その時になってようやく空腹とのどの渇きに気づいた。

午後を過ぎ陽ざしも一段と強くなっている。

何度ハンカチで顔の汗をぬぐっただろうか。


空腹とのどの渇きにさいなまれながら、おれは考えていた。

もしかすれば、男は大学生ではない可能性がある。

それか、渋谷界隈の学生ではないのかも知れない。

推測が当たってしまった場合、それはおれの調査が徒労であることを意味していた。

推察をしなおすにしても、限られた証言からまた別の道筋を導き出すのは骨が折れる。

ましてや大都会東京ともなると尚更だった。

14 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:54:01.022 ID:ZymOa7RN0
まあいい、その時はその時だ。

既に着手金はいただいている。

見つけ出さなければ報酬は払わないという契約を結んでいるわけでもない。

この商売に必要なのは見せかけの誠意だ。

わたしは一生懸命探しましたよというアピールをすればいい。

運動不足解消がてらに散歩をしているようなものだ。

散歩にしてはかなり追い込んでいるような気もするが。


やがて、十メートルほど離れた距離から、大学名の彫られた黒い御影石の石標が目に入った。

キャンパス内では、高層マンションを思わせる巨大なビルが威容を誇っている。

目標にしていたビルだ。


正門に目を向けると、そこにはまばらではあるが、数人の学生が行き交っている。

談笑しているグループもいれば、カップルもいる。

むろん一人の者も。

15 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:56:33.558 ID:ZymOa7RN0
(=゚д゚)「すみません」

おれはその中から、一人でキャンパスから出てきた男子学生に声をかけた。

丸縁の眼鏡をかけ、赤いチェックのYシャツとベージュのチノパン。

背には黒いリュックサック。

この男子学生に声をかけたのは、服装の野暮ったさと、勤勉を絵に描いたような風体をしているためだった。

要するに、非協力的な態度はとらないであろうと推測したからである。

16 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:57:45.370 ID:ZymOa7RN0
(-@∀@)「なにか」

男子学生はこれといって警戒する様子もなく立ち止った。

(=゚д゚)「あの……」

わけありな様子であることをそこはかとなく悟らせるため、うつむき気味に小さく呟く。

(-@∀@)「ど、どうされたんですか?」

男子学生が幾分動揺した様子で訊ねると、おれは顔をあげた。

(=゚д゚)「実は、ある男性を探していまして」

(-@∀@)「人探し、ですか」

(=゚д゚)「ええ、その、わたしには六歳年の離れた高校三年になる妹がいるのですが、その妹が……」

そこでわざと口ごもり、下唇を強く噛んで見せた。

時が止まったかのように沈黙が流れる。

行き交う学生達が胡乱気におれたちを流し見ては通り過ぎた。

男子学生は先を促さず、不安げな眼差しでおれを諦視している。

相手に最大限の関心を惹かせるため、おれはもったいぶるようにして沈黙に身を委ね、心の中で一分間を計っていた。


一分が経った。

17 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/02(火) 23:59:08.086 ID:ZymOa7RN0
(=゚д゚)「妊娠させられてしまいまして……」

歯を食いしばりながら、めいっぱい絞り出すようにして言葉を吐き出す。

(;-@∀@)「え?」

硬直した状態のまま、男子学生の口だけが動いた。

今度は明らかに動揺している。

(=-д-)「街でナンパされ、のこのことついていってしまったのが運の尽きでした……」

おれは堅く眼をつぶりながら、体を小刻みに震わせた。

握った両拳に力を込める。

(;-@∀@)「そ、それはお気の毒に」

男子学生は当たり障りのない気休めを言った。

(=゚д゚)「でも、あいつにも非はあります。
     何の警戒もなしに見ず知らずの男についていくだなんて。
     ですから、わたしは別にその男性を叱責するつもりなんてないんです。
     とにかく会って話し合いたいだけなんです」

おれの話を黙って聞いていた男子学生は、先ほどとは打って変わって引き締まった表情を浮かべると、小さく二度頷いてみせた。

(-@∀@)「わかりました。ぼくでよければご協力しましょう」

(=゚д゚)「ありがとうございます」

おれは深々と頭を下げた。

18 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:00:32.965 ID:JN9axdqF0
三文芝居をするのも一苦労だ。

だがこんな芝居に引っかかってくれる阿呆の反応を見るのはとても面白い。

楽しい娯楽だ。


スーツの胸ポケットからメモ帳を取り出し、男の顔の特徴や雰囲気をそのまま男子学生に告げた。

特徴を聞いた男子学生は腕を組むと、それこそ学生らしく、問題に取り組むように眉間に皺を寄せてうんうんと唸ってみせた。

二分ほどが過ぎたとき、男子学生が唐突に「あっ」と声を上げたが、「いや、まさかな」と呟いて再び眉間に皺を寄せた。

(=゚д゚)「なにか心当たりがありましたか?」

思わず訊ねた。

(-@∀@)「うーん、あなたの証言に該当するかもしれない男性の姿が一瞬脳裡を過ったのですが、でも、あいつがそんなことをするはずは……」

(=゚д゚)「その男性のことを教えてもらえませんか」

19 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:02:15.105 ID:JN9axdqF0
男子学生は思案するように言い渋っていたが、絶対に人違いだとは思いますが、と前置きをしたうえで、答えた。

(-@∀@)「うちの大学に、さすがという学生がいるんです。
      ぼくと同じ経済学を専攻していましてね。
      ノートの貸し借りや昼食を一緒にするくらいには親しい仲でして。
      あなたの言った特徴通り、まあ、とてもハンサムな男なんです。
      無論、成績も優秀ですが、それらを鼻に掛けるような尊大な人間ではありません」

(=゚д゚)「さぞかし羨望されていたんでしょうね」

(-@∀@)「物静かで積極的に交流を持とうとするようなタイプではありませんが、
      誰かがわからない問題を聞いたり、食事に誘ったりしても断るような人ではないですね。
      とても自然体な人柄なので、むしろ羨望というよりも、頼れる存在といったほうが適切かもしれません」

(=゚д゚)「なるほど」

おれは軽く相槌を打った。

(-@∀@)「ただ……」

男子学生が眉をひそめる。

(=゚д゚)「なにかあったんですか?」

(-@∀@)「彼は、ここのところ大学に顔を見せていないんですよ。
      今日でちょうど一週間になります」

(=゚д゚)「顔を見せなくなる前日、なにか兆候のようなものはありましたか」

(-@∀@)「いいえ、全く変わったところなんてありませんでした」

男子学生の返答を聞いたおれは、顎に手を当て、考える素振りをした。

20 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:03:13.516 ID:JN9axdqF0
馬鹿な。

そんな瓢箪から駒が出るようなことがあるものか。


しかし、これは当たりである可能性が高い。

一週間の空白。

容貌の一致。

今までで一番有力な情報と見ていいだろう。

はずれた場合はそれでいい。

こういうギャンブルもまた一興だ。

とりあえずおれはこの可能性に賭けてみることにした。

(=゚д゚)「彼のお住まいはどちらなのでしょうか」

(-@∀@)「わかりません。
      どこかの企業の御曹司なんて噂も立っていましたが、彼は家庭のことはぼくを含めて誰にも話したがりませんでしたから」

男子学生はきっぱりと言うと、眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。

(=゚д゚)「裕福な家柄かもしれないと」

(-@∀@)「あくまで噂ですけどね」

(=゚д゚)「最後にもう一つお聞きしていいですか」

(-@∀@)「なんでしょう」

(=゚д゚)「さすがとは、流れる石と書いて流石と読むのでしょうか」

(-@∀@)「そうです」

男子学生がこくりと頷くのを確認すると、おれは礼を述べてから踵を返した。

21 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:05:57.058 ID:JN9axdqF0
 ※


時刻四時半過ぎ、広尾二丁目に到着した。

騒々しい市街とは一線を画した閑静な住宅地。

おれの推測が正しければ、男はこの界隈のどこかに住んでいるはずだった。

ここがはずれだった場合は、さっさと切り上げてビールだ。


夕刻になり、陽ざしもだいぶ和らいできたものの、いまだにむしむしとした熱気がまとわりついてくる。

朝から歩き通したところで決して慣れることのない熱気。

おれにとってそれは、空腹とのどの渇きを誘発させる邪魔な存在でしかなかった。

加えて、アスファルトを踏みしめる足にもにわかな痛みを感じ始めている。

蝉の鳴き声も騒音以外のなにものでもない。

それも一匹ではなく、複数の蝉が不規則に斉唱している。

まるでおれを嘲笑しているかのようにきこえるのは、気のせいではないだろう。

笑いたければ笑えばいい。

だが今は仕事を終わらせるのが最優先だ。

22 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:07:12.717 ID:JN9axdqF0
あの学生の証言が当たりだった場合は二人を引き合わせれて一件落着。

はずれだった場合はどこか酒が飲める店に飛び込んで労をねぎらう。

ちょうど着手金も入ったことだ、焼肉で一献傾けるのも悪くない。

今日は既成事実を作るためにたんまり歩いた。

明日はあの客に経過報告をしつつそこはかとなく探し出すのは困難であることを仄めかせばいい。


そんなことを考えつつ、「流石」と書かれた表札を探しながら路地を歩いていると、一匹の白いチワワを散歩させている女とすれ違った。

この辺りに住んでいる主婦に違いない。

(=゚д゚)「すみません」

女の後ろ姿に声をかけた。

その声に足を止めた女性は、きょとんとした表情を浮かべながら振り返ると、「わたしですか?」と自身に指をさしながら答えた。

連れのチワワは置物のように、女の足元に鎮座している。

23 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:08:32.304 ID:JN9axdqF0
(=゚д゚)「ええ、あなたにお聞きしたいことがありまして」

爪゚ー゚)「なんでしょうか」

(=゚д゚)「この辺りで流石さんのお宅を探しているのですが、ご存じありませんか」

爪゚ー゚)「流石さん……ああ」

女は破顔すると、おれの後ろを指差した。

爪゚ー゚)「流石さんなら、この路地の右側の、二つ目の角を曲がればすぐですよ。
     青い屋根とクリーム色の外壁で、門柱には表札も掛っているのですぐにわかりますよ」

(=゚д゚)「ありがとうございます」

女に警戒している様子はないが、念のため考えておいた嘘をついておくことにした。

(=゚д゚)「わたしは流石くんの知人なのですが、彼がここのところ大学に顔を出していないと聞いたものですから。
     心配なので様子を見にいこうかと」

爪゚ー゚)「そういえば……」

女は顔を心なし上に向けた。

爪゚ー゚)「わたしも最近流石さんの奥さんを見てないわ」

(=゚д゚)「流石さんとは親交が深いんですか?」

顔をおれに戻し、女は首を振った。

爪゚ー゚)「いえ、道であったら軽く世間話をするくらいですよ。
     とても上品そうな初老の方です。
     息子さんが大学生だとか、旦那さんが小さな会社を経営してるだとか、それくらいのことしか聞いたことはありませんが」

25 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:12:18.218 ID:JN9axdqF0
おれはここで話を切り上げることにした。

(=゚д゚)「どうもありがとうございました」

礼を言いながら頭を下げると、女も軽く頭を下げてから背を向けた。

チワワが甲高く一吠えしながら立ち上がる。

女は息を弾ませながら速足で歩くチワワと共に去って行った。

おれも踵を返し、三十メートル程先の角を曲がった。

女の教えてくれた通り、目的の家は角を曲がってすぐ、右手のとっつきに二階建を構えていた。

ポーチへと通じる門扉の両側には煉瓦造りの門柱が立ち、
右側には同じ素材の低い塀が続き、左側には駐車場と思しい奥行きのあるスペースが空いている。

門柱には確かに「流石」と彫られた白い大理石の表札が掛っており、下にはカメラ付きのインターホンが。

そのとなりの塀に造りつけられた郵便受けには、新聞が五部はみ出ていた。

二階の出窓を見上げたが、白いレースカーテンによって閉ざされている。

なかの様子を窺うことはできない。

さすがにインターホンを押して直撃するわけにもいくまい。

26 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:14:56.116 ID:JN9axdqF0
面倒だな。

張り込んで男が出てくるのを待つべきかと考えていると、不意に誰かの声が聞こえた。

「どちらさまでしょうか」

声色から察するに若い男のようだ。

おれは声が門柱のインターホンから流れているのに気づき、顔を近づけた。

(=゚д゚)「あなたは、流石さんのご子息様でしょうか?」

「そうですが」

男は怒りも動揺も感じられない無機質な声音で返答した。


当人以外の人間でなくて僥倖だった。

目的の男が自ら声を掛けてきたのなら、これで張込みなんて七面倒くさいことをしなくて済む。

28 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:15:58.397 ID:JN9axdqF0
おれは問い掛けた。

(=゚д゚)「わたしは茂名調査事務所の義虎というものですが、あなたにお訊ねしたいことがあるんです」

「なんでしょうか」

スーツの内ポケットから、前日津出礼子から預かっておいた時計を取り出し、カメラに向けてかざした。

(=゚д゚)「これについてです」

心当たりがあるなら何かしらの反応があるはずだ。

「……」

しばしの間があった。

受話器を置いた気配はない。

なにかを思案しているのかも知れない。

やはりこの男が津出礼子に時計を渡した当人なのか。

29 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:16:47.125 ID:JN9axdqF0
おれは付け加えた。

(=゚д゚)「花屋のご主人に頼まれたんです。
     あなたを捜し出してほしいと。
     ですが、わたしはあなたから代金を徴収するためにここへきたのではありません。
     どうか、話を聞いていただけないでしょうか」

「……わかりました」

一分もかからずに返答があった。

「鍵は開いているので入ってきてください。
 入ってすぐに階段があるので、そこをのぼって左側にある、ドアが開け放しになった部屋にいます」

その後、受話器の置かれる音が聞こえた。

おれは門扉を開いて敷地内に入ると、芝生の上に埋め込まれた四角い飛び石のアプローチを通り、ポーチの前に立った。

バーハンドルのついたドアを開き、家の中へ。

靴脱ぎに立つとすぐ、フローリングの廊下の右隣りに二階へと続く階段があった。

おれは靴を脱いで家にあがり、階段の段差に足をかけた。

十二段をのぼりきると、横に伸びた廊下に行き着いた。

男の言葉通り、左側にドアの開け放たれた部屋がある。

左に曲がって部屋の前に立つと、そこには水色のYシャツと濃紺のスラックスを着けた人物の後ろ姿があった。

その人物の前には、シーツがなだらかな山なみのように隆起したベッドが据えられている。

他には、ベッドの傍らのナイトテーブルと、風とジルバを踊るカーテン以外なにもなく、侘しさと虚無感が空間を支配していた。

背を向けている人物が、おそらくあの声の主なのだろう。

おれの存在には気づいているはずだが、振り向く気配はない。

じっと眼前のベッドを見下ろしている。

30 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:18:53.570 ID:JN9axdqF0
(   )「どうぞ、入ってきてください」

背を向けたまま、立ち尽くしているおれに声を掛けてきた。

やはり家の前で聞いた男の声だった。


おれは部屋に踏み入り、男の隣に立った。

( ´_ゝ`)

優しげな眼と高い鼻。

証言とここまで一致する人間もそういないはずだ。

そしてなにより、シーツの上に並べられた十本に及ぶ紫紺のリナリアが、男が目的の人物であることを決定づけていた。

(=゚д゚)「菊にしては少しばかり派手だと思うんだが」

隆起したベッドを見下ろしながら、おれは訊ねた。

( ´_ゝ`)「好きな、花だったんです」

ベッドを見据えたまま、男は答えた。

32 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:20:35.943 ID:JN9axdqF0
男と対面してようやく、津出礼子の話していた言葉の意味が理解できた。

確かに男からはそこはかとない儚さが感じられる。

この部屋の雰囲気も、男が醸し出す雰囲気によるところが大きいのだろう。

その理由は考えるまでもなかった。

ベッドの上に顔からつま先までシーツを被せて寝かされているのはおそらく人間だろう。

小ぶりながら膨らんだ乳房を見るに、どうやら女性のようだ。

両手を握り合わせているのか腹の辺りも膨れている。

まるで一つのオブジェのように、ベッドは部屋の一角に据え付けられていた。

33 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:24:13.360 ID:JN9axdqF0
依然ベッドを見詰めたまま、男が口を開いた。

( ´_ゝ`)「それで、話したいこととはなんなのでしょうか」

おれもベッドに視線を注いだまま、答えた。

(=゚д゚)「先ほども聞いてもらった通り、
     あんたが数珠と花を交換した店の店主から依頼を受けたんだ。
     あんたがなぜあそこまでしてリナリアを欲しがったのか、
     交換されてどのどんな扱いをされてるのか、見つけて聞き出してほしいと」

( ´_ゝ`)「あの店員さんがわざわざそんなことを」

男はぽつりと言った。

相変わらず声音からは感情が読み取れなかった。

(=゚д゚)「ああ、わざわざな」

おれは呟くように言った。

(=゚д゚)「無理もないと思うがね。
     まさか花と数珠を交換してくれだなんて、人生で初の体験だっただろうしな」

おれはそこで口をつぐみ、右手の筋向いに設けられた出窓に顔を向けた。

桃色に染まった空を一羽のカラスが横切る。

黄昏時を知らせるかのように、別のカラスが鳴き声を上げる。

薄闇と、穏やかに吹きつける温風が室内を包み込む。

その中にあってなお、ベッドに乗った紫紺のリナリアのコントラストが、より存在感を増しているように思われた。

34 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:26:06.261 ID:JN9axdqF0
男の声が聞こえたのは、それから一分ほどが経った頃だった。

( ´_ゝ`)「終わらせたかったんです」

声に気付いたおれは顔を男のほうに向けた。

(=゚д゚)「終わらせたかった?」

( ´_ゝ`)「ええ」

男はベッドを見下ろしたまま頷いた。

( ´_ゝ`)「このがらんどうな部屋をご覧の通り、ぼくたちは何もかも失ってしまったんです」

なおも淡々とした口調ながら、男は言葉を継いだ。

( ´_ゝ`)「野心的な人間が墓穴を掘った……それだけのことですよ」

その言葉を聞き、おれはようやく気付いた。

部屋に立ち尽くし、茫然とベッドを見詰める男に感じらるもの、それが「諦念」であることを。

全てを諦めた人間の纏う雰囲気、そして眼差し。

35 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:27:02.614 ID:JN9axdqF0
――おれは腹を決めた。


ポケットから時計を取り出し、男の眼前に差し出す。

男の視線が一瞬ベッドから時計に、次いでおれの顔に止まった。

意図を探るように、じっと眼を見詰める男に向かって、おれは言った。

(=゚д゚)「提案が、あるんだが」

( ´_ゝ`)「提案?」

(=゚д゚)「ああ、こいつをもう一度彼女に届けるんだ」

( ´_ゝ`)「意味がわかりません」

男はにべもなく答えた。

(=゚д゚)「要するに、あんたが直接あの女性に理由を話す、ということさ」

男は今度は小さく溜息をついた。

( ´_ゝ`)「この時計が偽物かどうかを疑っていらしゃるのでしたらご安心ください。
       生前の父からこれは二百万相当の逸品だと言われて譲り受けたんです」

(=゚д゚)「それも含めて、彼女に説明してくれ」

( ´_ゝ`)「ですから――」

36 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:28:25.973 ID:JN9axdqF0
男の言葉を遮り、おれは続けた。

(=゚д゚)「あんたは、感謝していないのか」

( ´_ゝ`)「え?」

男が軽く眼を細める。

初めて表情を変えた瞬間だった。

(=゚д゚)「あんたの要求通り、時計と花を交換してくれた女性に感謝していないのかと訊いているんだ」

その問いに気後れしたのか、男は一歩後ずさった。

(;´_ゝ`)「もちろん感謝しているに決まっているじゃないですか」

平静を装おうとはしているが、声が幾分震えている。

おれは一瞬の隙を感じ取ると、一気にまくしたてた。

(=゚д゚)「おれは彼女に明日あんたが直々に弁明にくると報告する。
     もしあんたが現われなかった場合は、おれはなにも知らされていないとしらを切る。絶対にな。
     そうなれば、彼女は未練を抱えたまま一生を終えることになる。
     本当に感謝してるなら、彼女に直接理由を話すのがあんたの義務だと思うんだがな」

言い終え、時計をベッドのとなりにあるナイトテーブルに置こうとしたときだった。

38 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:30:22.310 ID:JN9axdqF0
( ´_ゝ`)「待ってください」

男がはっきりとした声で制止した。

それからおれの横を通り過ぎると廊下に消えた。

なん分間、いや、何十分かかが経って男が戻ってきた。

再びおれの前に立つやいなや、すっと握りこぶしを突きだしてきた。

なにかを渡すつもりらしい。

おれはそのこぶしの下にてのひらを添えた。

そこに落ちてきたのは小物入れを開けるのに使うような小さな鍵だった。

この鍵をおれに渡してどうしようというのか、意図をはかりかねていると、男が口を開いた。

( ´_ゝ`)「時計に使うネジです」

(=゚д゚)「ネジ?」

その言葉で思い出した。

おれは内ポケットから時計を取り出し裏面をみた。

右側に空いた小さな穴。

この穴に鍵の形をしたネジを差し込みゼンマイを巻くというわけか。

39 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:32:10.108 ID:JN9axdqF0
( ´_ゝ`)「あなたが来てくれなかったら、危うく永遠に忘れたままだったかもしれません。みつかってよかった」

(=゚д゚)「なぜおれにこれを?」

( ´_ゝ`)「正直なところ、あなたの提案をきいて心が揺れたのは確かです。でも……」

そう言ったきり、男はうなだれてしまった。

おれは急かすことなく、そのまま答えを待った。

( ´_ゝ`)「だめなんです」

ほどなくして、うなだれたまま力なく答えた。

それきり黙り込むと、部屋は静寂に包まれた。

( ´_ゝ`)「だから……」

絞り出すような声で言うと、顔をあげておれの眼をみつめ返してきた。

( ´_ゝ`)「今は彼女に渡しておいてください。
       いつになるかはわかりませんが、必ず会いにいきます。
       そのときにわけを話そうと思います」

40 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:33:12.983 ID:JN9axdqF0
男はそこでいったん間を置いてから先を継いだ。

( ´_ゝ`)「今のぼくには信じて欲しいとしか言えませんが、約束は果たします」

(=゚д゚)「わかった」

おれはそれだけ答えると、男の背後のベッドを一瞥してから時計とネジを内ポケットにしまった。

そして廊下にでると、そこでいったん立ち止り、部屋の方を振り返った。

男はおれに背を向けた状態で立ち尽くしていた。

悠然と風を受けながら、静寂に身を任せ呆然と屹立してる。


おれは無言のまま階段を下りて玄関のドアを開けた。

空はいつの間にか薄い墨汁を流したかのような灰色に覆われており、
太陽の姿はなく、蝉たちの声も鈴虫の斉唱に取って代わっている。

早いものだ。

心中で独りごちながら、おれは門扉をくぐった。

41 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:34:01.343 ID:JN9axdqF0
そのままきた道を戻るため、歩き始めたときだった。

こちらに向かって二人組の制服警官が歩いてくるのがみえた。

背後にはパトカー1台と、ルーフの前部に横長の赤色灯をつけた真っ白な車体と黒いバンパーのE25キャラバンが停まっている。

徐々に距離が縮まり、そのうちの一人と目があったが、おれは構わずに警官の横を通り過ぎた。

そのまま数メートルほど歩いたところで角を曲がり、物陰から様子をうかがうと、二人組のうちの一人が流石の家のインターホンを押しているのがみえた。

43 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:36:00.560 ID:JN9axdqF0
 ※


事務所に戻ったおれは部屋の明かりをつけると、上着を玄関先のポールハンガーにかけ、
応接セットの近くにある扇風機のスイッチを入れた。

いぜん吹きつける風は生ぬるいが、ないよりはましだろう。


冷蔵庫から500ml缶のペプシコーラを取り出し、ソファーに座った。

プルタブをあけ、口に運ぶ。

いままで炎天下を歩き通しだったぶんその味は格別だった。

そして染み渡るような清涼感。

一息で半分近くを流し込んでしまった。

ようやく人心地つき、ゆったりと炭酸の刺激を堪能しながら、おれは広尾での事象を思い返した。


男が今は無理だと言った理由は大方察しがつく。

あの隆起したベッド。

そしてすれ違った二人組の警官。

おれが訪れる前に男は成すべきことを成していたということか。

約束を果たすまでにどれだけの時間がかかるのか、それはおれにもわからない。

数年か、それとも数十年か。

44 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:37:18.062 ID:JN9axdqF0
腕時計を見た。

時刻は七時十分。

残りのコーラを一息にあけると向かいのごみ箱に放り投げ、ソファーから立ちあがった。


背後のデスクにつき、書類用の引き出しを開けると、ウィスキーの角瓶とロックグラスを取り出した。

今日の仕事が終わったら酒場に向かうつもりだったが、気が変わってしまった。

部屋にとんぼがえりし、一人でひっそりと千円程度の安物ウィスキーを飲みたくなった。

ウィスキーをロックグラスに注ぎかけて、思い出した。

その前に男と接触したことを報告しなければならない。

まだ仕事は終わっていないのだ。

45 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:38:09.721 ID:JN9axdqF0
おれはデスクの上の固定電話から受話器をとり、彼女の携帯の番号を押した。

「はい、津出です」

三回目の呼び出し音で返事があった。

彼女の声だった。

(=゚д゚)】「こんばんは津出さん。義虎です」

「あ、義虎さん。なにかわかったんですか?」

おれは単刀直入に報告した。

(=゚д゚)】「ええ、あなたの探していた男性が見つかりました」

「え!?」

彼女が声をあげた。

声音からも驚きようが窺える。

「ほ、本当ですか?」

震えた声で彼女が訊ねる。

(=゚д゚)】「本当です。
     詳しいことは事務所で直接話したいのですが、ご都合はつきますか」

46 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:39:07.393 ID:JN9axdqF0
「ええ、もちろ……」

そこで彼女の声が途切れた。

誰かに鉢合わせたため挿話口を手で塞いでいるのか。

おれは訝りながら耳をすませた。

すると突然、彼女の叫び声がおれの耳をつんざいた。

「ごめんなさい義虎さん!また後でかけなおします!」

言い終わると同時に電話が切れた。

声音から察するにずいぶんと取り乱しているようだ。


どういうことだ……。


それから数分考えた末、おれは受話器を置いてから席を立ち、
扇風機の電源と室内の明かりを落とすと、上着を羽織って事務所を出た。

47 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:39:45.447 ID:JN9axdqF0



津出礼子の勤め先は、渋谷の北の外れに並ぶ寂れた商店街にあった。


両隣をクリーニング屋と和菓子屋に挟まれており、一階が店舗で二階が住居の下駄履き家屋だった。

白いオーニングの降りた店先には、数本の花が入った大きな柳織りのバスケットが三つ置かれている。

店内に目を向けると、そこにはピンクのエプロンを着けた従業員と思しい人間がおれに背を向けて作業をしていた。

軽くウェーブのかかった茶髪をうなじの辺りまで伸ばしている。

髪型だけでは男女の区別はつかなかったが、小柄で細身の体躯から察するに女のようだ。

48 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:40:25.265 ID:JN9axdqF0
(=゚д゚)「すみません」

額に滲んだ汗をハンカチで拭いながら、おれはその背中に声をかけた。

从'ー'从

振り返った店員の顔をみて、おれは予想が当たったことを確信した。

大学でみた学生たちよりもまだどこかあどけない印象を受ける。

髪を染めてはいるが、まだ背伸びをしたい年頃の子供と言ったところか。

50 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:41:39.247 ID:JN9axdqF0
从'ー'从「あっ」

おれの存在に気づいた店員は一瞬声をあげると、次いで愛想のいい笑顔を浮かべながら頭をさげた。

从^ー^从「いらっしゃいませ」


左胸に「良子」と書かれた名札をつけている。

別の人間がいるということは、今日は休暇をとっているのか。

すると彼女が電話に出たのは店ではなく別の場所ということになる。

51 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:42:34.256 ID:JN9axdqF0
从'ー'从「あの……」

店員が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。

つかのま思案していたおれをみて怪訝に思ったようだ。

おれはとりあえずその場を取り繕うことにした。

(=゚д゚)「いや、おかしいなと思いまして」

从'ー'从「おかしい? なにがですか」

店員は首を傾げた。

(=゚д゚)「あの店員さん、髪をカールしていて感じのいい若い女性がいたと思うんですけど、今日はお店に出ていないんですね」

从'ー'从「姉なら配達に出てますよ」

店員が即答した。

おれの言葉ですぐに思い当ったようだ。

52 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:43:42.500 ID:JN9axdqF0
(=゚д゚)「そうだったんですか。
     以前ここで接客してもらった時に丁寧な対応をしてもらえたのが嬉しかったのでまた寄ってみたんですよ」

从'ー'从「ここの従業員は姉と祖母と私だけなので、お客さんの言ってることを聞いてすぐわかりました。
     お姉ちゃん結構人気あるし」

(=゚д゚)「なるほど」

当人がいないのなら、もはやここに用はない。

とはいえ冷やかすだけでは怪しまれるだろう。

おれはその辺のバスケットに入っている真っ赤な花を指さし津出良子に告げた。

(=゚д゚)「これを三本ください」

从^ー^从「ダリアですね。ありがとうございます」

カウンターで代金を支払い、薄茶色の包装紙に包まれた花を受けとった。

53 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:44:51.912 ID:JN9axdqF0
(=゚д゚)「それでは」

花を持って辞去しようとしたそのとき、そばの壁に設置されている電話が鳴った。

从'ー'从】「はい、津出生花店です」

受話器を取った良子が明るい声で店名を告げる。

从;'ー'从】「えっ」

小さく声をあげると同時に、彼女の表情が一瞬にして曇った。

从;'ー'从】「ええ、そうですけど……」

先ほどとは打って変わり、受話器を両手で握りしめている。

はい、はい、と断続的に返事をしていたかと思うと、今度は唐突に「え!」と瞠目しながら叫び声をあげた。

从;'ー'从】「わかりました。すぐに向かいます」

言い終えると同時に素早く受話器を戻し、そのままの動作でエプロンを脱ぎカウンターのうえに置いた。

彼女は慌てた様子で店の奥の暗がりに駆け込むと大声で誰かと会話を始めた。

話題が電話の内容についてであることは容易に想像できる。

相手の声も女のようだが、良子のものよりもしわがれている。

この声の主が先ほど良子が教えてくれた祖母なのだろう。

声の震えから、良子どうよう狼狽している様子がうかがえる。

ほどなくして良子が暗がりから売り場に戻ってきた。

表情には相変わらず焦燥や困惑の色がありありと浮かんでいる。

54 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:46:15.654 ID:JN9axdqF0
(=゚д゚)「なにかあったんですか」

訊ねると、良子は今にも泣きだしそうな顔をしながら訥々と答えた。

从;'ー'从「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、歩道橋から落ちて病院に、凄く悪い状態だって」

その言葉を聞いて先ほどの記憶がよみがえった。

津出礼子と会話を交わしたときの記憶が。

彼女が取り乱していた理由となにか関係があるのかも知れない。

55 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:48:27.712 ID:JN9axdqF0
从;'ー'从「ごめんなさい!いかなきゃ」

(=゚д゚)「待ってください」

店から駆けだそうとする良子をおれは呼び止めた。

(=゚д゚)「病院へはわたしが車でお送りします」

从;'ー'从「え、でも」

(=゚д゚)「お姉さんが重篤であることはあなたの様子をみればわかります。
     お願いです。わたしを信じてください。わたしもお姉さんのことで確かめたいことがあるんです。
     申し遅れました、わたしはこういうものです」

おれは上着の内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚を彼女に手渡した。

彼女は姉の礼子がおれに仕事を依頼していることを知らないようだが、遅かれ早かれ発覚するだろう。

いま身分を明かしたところで支障はないはずだ。

56 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:49:22.439 ID:JN9axdqF0
名刺を受け取った良子は一瞬だけ紙面を眺めてから考えるそぶりをしたが、返事は早かった。

从;'ー'从「わかりました。お願いします義虎さん」


店を出たおれたちは近くの野外駐車場に止めてある濃紺のパサートワゴンに乗り込んだ。

良子の話によると礼子が搬送された病院は恵比寿二丁目にあるとのことだった。


道は思いのほか空いていた。

通り過ぎるビルや店舗の灯りが光線となって流れてゆく。

時折となりに座る良子の様子を一瞥した。

暗い表情でうつむく彼女にかけてやる言葉が思いつかなった。

外で響いているクラクションや自動車の走行音とは裏腹に、車内は沈黙に包まれている。

57 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:50:46.593 ID:JN9axdqF0
ほどなくして、車は病院の正面玄関に到着した。

(=゚д゚)「先にいってください。わたしは車を止めてきます」

良子はうなずくと同時に車を降りると、院内に駆け込んだ。

その姿を見届けてから、おれは車を近くの駐車スペースに止めた。

院内に入ってすぐ、両手を合わせてエレベーターを待っている良子と合流した。

(=゚д゚)「津出さん」

振り返った良子の眼には涙が溜まっていた。

上の階数表示を見上げてみると、二基とも最上階へ昇っているためなかなか降りてこないようだ。

59 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:52:09.075 ID:JN9axdqF0
(=゚д゚)「階段でいきましょう」

おれは彼女の腕をとりながら階段室へと向かった。

(=゚д゚)「お姉さんは何階に?」

階段を駆け上がりながらおれは訊ねた。

从;'ー'从「三階の第六手術室です」

廊下に出たおれたちはそのままの勢いでその手術室を目指した。

途中、すれ違った看護婦がおれたちに注意の言葉をかけたようだが、無視した。

ロビーで場所を教えられたらしい彼女の後を追うと、目的の手術室の前にはすぐにたどり着いた。

(=゚д゚)「とりあえず座りましょう」

荒く息をついている良子を傍らの長椅子に座らせた。

良子は腰をおろすと、うつむいたまま祈るように両手を握り合わせた。

60 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:53:04.523 ID:JN9axdqF0
室内と廊下とを隔てるステンレス製の扉の上には「手術中」というランプが灯っている。

そのあかりを見上げていたとき、ふとなにかの音が聞こえた。

となりに視線を移すと、そこには背中を丸めたまましゃくり上げる良子の姿があった。

しゃくり上げるたびに背中が震え、時折鼻をすする音も混じる。

それ以外に物音はない。

少女の泣き声以外にはなにも耳に入らない。

61 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:54:08.488 ID:JN9axdqF0



車を事務所に向けて走らせながら考えていた。

それはやはり、津出礼子に降りかかった突然の悲劇のことに他ならない。


手術には三時間余りを要した。

医者からの説明によると、彼女は渋谷駅西口の近くにある歩道橋から転落し、後頭部と背中をアスファルトに強打したのだという。

その際、礼子は小さな男の子を抱きかかえていた。

目撃者の証言によると、歩道橋の欄干から身を乗り出し、
頭から車道に転落する寸前だった男の子を目にした礼子が慌てて抱きとめようとした際に一緒に転落してしまったということだった。

一緒に転落した男の子は下敷きになった礼子のおかげでかすり傷一つ負うことなく保護された。

62 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:55:42.789 ID:JN9axdqF0
あの場所の歩道橋は地面との高低差が大きい。

手術の時間から鑑みても礼子がどれだけの重症を負ったのかは想像に難くなかった。


長髪がクッションになったため多少の衝撃は緩和されたものの、頭蓋骨の後頭部には大きな亀裂が生じており、脳挫傷と外傷性脳内出血を起こしていた。

おまけに脊椎まで損傷している。

今も昏睡状態から覚めぬまま、集中治療室で予断を許さない状態が続いている。


幸いだったのは下の車道の信号が赤だったため、車に轢かれるという二次被害は避けられてことである。

もしも車が往来している時に転落していたら、二人の命はなかっただろう。

63 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 00:57:37.034 ID:JN9axdqF0
医者の説明を聞き終えた良子は、三秒ほど硬直したかと思うと、瞬時に滂沱の涙を流して哭声をあげた。

人目もはばからずにただただ泣き続けていた彼女の姿がおれの脳裡に焼きついて離れない。

その後、良子は悄然とした様子で姉のそばについていてやりたい旨を主張した。

おれもそのほうがいいと彼女の意思を尊重し一人で病院を辞去した。

64 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:00:13.572 ID:JN9axdqF0
津出礼子は脳にも脊椎にも大きな損傷を負っている。

意識を取り戻したとしても、今まで通りの生活を送るのは難しいかもしれない。

医者は礼子の体が不随になる可能性も示唆した。

それは半身か、それとも全身か、これからの精密検査によって明確になるという。

しかし最悪の場合、そのまま昏睡から覚めないという事態もありうる。

植物状態になれば、いつ訪れるかわからない目覚めを待ちながら、生死を親族の意思に委ねなければならない。

それは家族にとってどれだけの苦痛をもたらすのか。

それとも絶対に目覚めるという希望を抱きながら彼女を看取るのか。

どちらにしろ、おれにできることはなにもなかった。

65 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:02:37.223 ID:JN9axdqF0



翌日、十一時頃に起床したおれはのどを潤すために冷蔵庫からサイダーの500ml缶を取り出したところだった。

昨夜は帰宅してすぐに買い置きしてあったカップ焼きそばを食べてからシャワーを浴び、床についた。

早めに就寝したつもりだったが、思いのほか疲れていたようだ。

おかげでこんな時間に目覚めてしまった。


あくびを噛み殺しながら一つ目の窓のブラインドをあげると、真夏の陽光がおれの眼を突き刺し、思わず顔を背けた。

残りのブラインドもあげ、プルタブをあけようとしたとき、デスクの上にのっている三本のダリアが眼にとまった。

花瓶が見当たらなかったのでグラスに水を入れて活けてある。

真っ赤なダリアを活けるには心もとないが、捨てるわけにもいかないだろう。

陽光を浴びるその姿は昨日よりも一段と赤く見える。

あらためてプルタブをあけようとして、急に気が変わった。

おれは缶を冷蔵庫に戻すと、自室で袖をまくったYシャツと黒のスラックスに着替え、事務所を出て一階へ降りた。

66 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:04:53.245 ID:JN9axdqF0
階段を降りた突き当りのロビーのとっつきに喫茶店兼バーがある。

マホガニー材に横二列に四つの正方形が施されたドアの前には、黒のフレームに金字で「OPEN」と記された矩形のプレートがかかっている。

真鍮の丸ノブをひねりドアを引くと、内側に設置されている小さなベルが音を立てた。

入って左手にはカウンターがあり、その前には等間隔に固定されたスツールが六脚並んでいる。

右手にはカウンター席から四メートルほど離れた位置に四人掛けのボックス席が二つ備えられている。

天井の所々には、白い三度笠を思わせるランプシェードが吊るされており、暖温色の灯りが店内を照らしている。

カウンターの中にいた店主の眉村はおれの存在に気づくとこちらを向いたが、関心を持ったのはその一瞬だけで、すぐにグラスを磨く作業に戻った。

おれは眉村の前に位置するまんなかのスツールに腰掛けた。

磨いたグラスを微に入り細に入り眺めながら、眉村がぽつりといった。

(´・ω・`)「お客様、モーニングの時間なら、一時間前に終了しておりますが」

(=゚д゚)「そんなこと知ってる。曲がりなりにも常連だぞ」

(´・ω・`)「自称、だろ。君を常連と認めたつもりはないんだけどね」

67 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:05:42.884 ID:JN9axdqF0
眉村とはおれがここで商売を始めて以来の付き合いになる。

このビルに事務所を構える前から店を切り盛りしており、高校生の一人娘がいることからおそらく年齢は四十代の半ばから五十代といったところか。

その娘も学校が休みの日には店の手伝いとして接客にあたっている。

おれとも顔なじみだが、一目で父親ではなく母親に似たのであろう愛嬌のある顔立ちが特徴的だった。

名前は恵梨香といい、前に一度、親父さんに似なくて本当によかったなと本心から言ったことがある。

「うんほんとに」とあっさり肯定する恵梨香と、近くにいた眉村が平静を装ってコーヒーを淹れいている情景がなんとも滑稽だったのを今でも覚えている。

(´・ω・`)「まあいいや。で、注文は? 虎ちゃん」

(=゚д゚)「あるもんでなにか作ってくれ。モーニングであまったパンかなにかあるだろ」

(´・ω・`)「ああ、それならちょうど食パンがあるよ。はいどうぞ」

眉村はそういうと食パンを乗せた白い丸皿をおれの前に置いた。

おれはその食パンを数秒眺めてから、眉村の方を向いた。

(=゚д゚)「すまん。おれが悪かった。空腹のせいでちょっと気が立ってたんだ。
    頼むよ、なにか作ってもらえないかな」

68 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:09:28.928 ID:JN9axdqF0
懇願すると、眉村は小さくため息をつきながらカウンターのうえの食パンを片付けた。

(´・ω・`)「かしこまりました」

言葉は慇懃だが気のない返事をすると、カウンターの内側に設けられたキッチンで調理を始めた。

二つのコンロに火をつけてから、そこに黒い鉄のフライパンを二枚づつ置く。

次にカウンターの下にある小さな冷蔵庫からバターの箱とベーコン四枚と白い正方形のタッパーを取り出す。

食材をいったん調理台の上に置くと、フライパンの一つにバターをひと欠片と、もうひとつにはサラダ油を少量たらし、全面にいき渡るように滑らせる。

タッパーの中から薄い黄土色の液体に濡れそぼった食パンを二枚トングでつまみあげ、フライパンの中へ。

続いてもう片方のフライパンの中にベーコンを入れると、ものを焼くときに流れるあの独特の音が二重奏となって店内に響き渡った。

それと同時に甘い香りが漂い始め、瞬時にして鼻孔を満たした。

ある程度両面に焦げ目がついたところでコンロの火を二つとも弱め、それと同時に音も小さくなった。

それから数分してコンロの火を二つとも止めた。

フライパンの中のパンとベーコンを先ほど食パンが乗っていた白い丸皿に盛りつけた。

そして「お待たせいたしました」といいながら料理の乗った皿にナイフとフォークを添えておれの前に置いた。

69 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:11:20.820 ID:JN9axdqF0
(´・ω・`)「飲み物はあれでいいんだろ」

そういうと冷蔵庫から黒い取っ手と蓋のついた円筒形のポットを出した。

透明なポットにはオレンジジュースが入っており、それをアイスコーヒー用のグラスに注ぐと皿の隣に並べた。

(=゚д゚)「ありがとう。いただくよ」

申し訳程度に両手を合わせてからまずはオレンジジュースに口をつけた。

生のオレンジを絞っているため濃厚で酸味が強く、口やのどに絡みついてくる。

パンはシロップの類をかけなくても甘みを感じられるほど味がしみ込んでおり、食感はカステラを思わせるほどふんわりとした仕上がりだった。

塩気がきいたベーコンもかりっと歯応えを楽しめる焼き上がりだ。

72 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:13:18.132 ID:JN9axdqF0
ゆっくりと十分ほどで平らげた。

(=゚д゚)「ごちそうさん。うまかったよ」

(´・ω・`)「そいつは良かった。
      ま、こっちとしては作るの楽だから助かるんだけどね。
      虎ちゃん、大抵これしか食べないから」

(=゚д゚)「気が向いたら別のも頼んでみるよ」

いい残して席を立つと、隅にあるマガジンラックから新聞を一紙抜き出し、再び席についた。

一ページ目から順繰りにめくっていると、社会欄に載っているひとつの記事に眼がとまった。

とまったというよりも、釘付けになっていた。

73 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:17:03.330 ID:JN9axdqF0
【母親の首を絞め殺害 大学生の息子を逮捕】


(´・ω・`)「どうしたのさ虎ちゃん。
      それスポーツ新聞じゃないから虎ちゃんが喜ぶような記事は載ってないと思うけど」

(=゚д゚)「うるせえ」

小さく吐き捨ててから文面に目を通した。

間違いない。

住所も名前も昨日訪れた家の所在地と人物の苗字に一致している。

男は容疑を認めており、朝方に母親を殺害し夕方に自ら110番通報をしたと書かれていた。

殺害の動機については、什器類の販売会社を経営していた父親が二度目の不渡りを出し、それによる債権者からの取り立てによって資産を失い蒸発。

以前からの経営難で憔悴しきっていた母親が不憫でならなかったため犯行に及んだとのことだった。

部屋に据えられていたベッドについての記述も、おれが昨日みたものと同じだ。

75 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:19:12.620 ID:JN9axdqF0
(´・ω・`)「もしかして」

不意に眉村が声をかけてきた。

(´・ω・`)「虎ちゃんの仕事となにか関係してることなのかい」

一瞬、眉村の顔をみてから紙面に眼を戻し、呟くように答えた。

(=゚д゚)「いや、なんでもない」

おれは新聞を畳んでカウンターに置くと、グラスを取ってオレンジジュースに口をつけた。

76 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:20:12.027 ID:JN9axdqF0



津出礼子が収容されている集中治療室は、昨夜手術を受けた階と同じフロアにあった。

引き戸をノックすると「はい」という声が答えた。

この声は妹の良子のものだろう。

事前に連絡をしてあるので彼女がいることは知っている。

そっと開いて中に入ると、横向きに据えられたベッドの前に置かれたパイプ椅子に良子が座っていた。

良子が振り返る。

互いに会釈を交わすと、おれは良子の隣に立った。

ベッドの周りには、人工呼吸器、心電計、点滴台などの器具が設置されている。

今は心電図の電子音だけが空間を支配していた。

ベッドの上の礼子は毛布をかけられており、頭全体は包帯と白いネットに覆われ、首にはコルセットが巻かれていた。

呼吸をするたびに、口に着けられた酸素マスクが白く曇る。

77 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:27:44.199 ID:JN9axdqF0
从'ー'从「すみませんでした」

開口一番、良子が忍び声で謝罪した。

(=゚д゚)「なにがです?」

从'ー'从「まさかお姉ちゃんが私たちに内緒で調査を雇っていたなんて。
     そのうえこんなことになってご迷惑を」

(=゚д゚)「気にすることはありませんよ。これは事故なんです。だれにも落ち度はありませんよ。
     それはそうと、お姉さんがなにかの都合で調査機関を利用するような心当たりはありますか?」

从'ー'从「いいえ、全く」

良子はかぶりを振った。

つまり、あの男との出来事は礼子しか知らないということになる。

79 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:32:50.492 ID:JN9axdqF0
おれは上着の内ポケットから懐中時計を取り出し、良子に差し出した。

(=゚д゚)「この時計に見覚えはありますか?」

両手で受け取った良子は、時計の蓋に施された浮彫の人魚をじっと眺めながら答えた。

从'ー'从「素敵なデザイン。でも、見覚えはありません」

おれの方を見上げると、再び首を振った。

从'ー'从「この時計がお姉ちゃんとなにか関係があるんですか?」

(=゚д゚)「ええ、まあ――あ、ちょっと待ってください」

時計を返そうとする良子を制止し、今度は鍵の形をしたネジを取り出した。

それも彼女に渡し、おれは言った。

(=゚д゚)「そのネジを裏面に空いている穴にさし込んで回してみてください」

80 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:37:21.383 ID:JN9axdqF0
从'ー'从「なにか仕掛けがあるんですか?」

(=゚д゚)「蓋を開いてみればわかります」

言われた通りに蓋を開けた良子が「あっ」と小さく声をあげた。

从'ー'从「そういうことだったんですね」

(=゚д゚)「私もまだ聴いたことがないんです。三人で聴いてみましょう」

良子はうなずくと、ネジを穴にさし込み、ゆっくりと三回巻いた

巻き終えてまもなく、旋律が流れ始めた。

その曲はドビュッシーの「夢」だった。

一音一音を小さく刻みながら、室内に響き渡る。

オルゴール特有の透明な音色が奏でる旋律は淡々としていながらも儚く、室内の雰囲気と完全に調和していた。

おれたちはじっとその音色に聴き入っていた。

81 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:43:01.040 ID:JN9axdqF0
やがて、旋律を奏でるテンポに乱れが生じ、途切れ途切れで緩慢な音に変わり始めた。

そのままゆっくりと、音階板を弾き終えたオルゴールは静止した。

室内が再び心電図の電子音に支配される。


おれは曲の余韻に浸りながら、口を開いた。

(=゚д゚)「これはあなたが持っていてください」

良子は言問いたげな表情でおれをみた。

(=゚д゚)「その時計はあなたのお姉さんが店の花と引き換えにある男性と交換したものなんです。
     お姉さんはその男性を見つけ出してなぜ花と交換したがったのか、
     交換された花はどういう扱いをされているのかを突き止めてほしいとわたしに依頼し、
     わたしはその男性と接触することができた。
     そしてその報告をしようとお店を訪ねたのですが、こんなことに」

一度間を置き、息をついてから先を続けた。

(=゚д゚)「男性と接触した時に約束したんです。
     再び店へ会いに行き、直接理由を説明すると。
     だから、その時まで、近親者であるあなたに預かっておいてほしいんです。
     お姉さんがこの状態の今、それがベストな方法だと、わたしは思うんです」

82 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:48:21.346 ID:JN9axdqF0
从'ー'从「そんなことが」

話を聞き終えた良子は呟くと、ベッドに眠る礼子へ視線を向けた。

そして頷きながら、はっきりと答えた。

从'ー'从「わかりました」

(=゚д゚)「調査料については状況が落ち着いてからで結構です。
     いつでも構いませんので、昨日お渡しした名刺の番号に連絡をください」

そう告げてからおれは礼子に視線を向けた。


とても穏やかな顔をしている。

場所が場所でなければ、優雅に眠っている乙女という趣を感じることができただろう。

意識はただ暗闇を漂っているのか。

それともなにか夢を見ているのか。

おれたちには知るよしもない。

83 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 01:49:36.640 ID:JN9axdqF0
良子の手にある懐中時計は今も刻一刻と時を刻んでいる。

再び彼女の時が動き出すのはいつになるのか。

あの男が全てを清算し、彼女の前に現れるのはいつになるのか。

目覚めた礼子が男と再会するのはいつになるのか。


そんな思いを巡らせていると、傍らでカチカチという音が聞こえた。

続いて先ほどと同じ旋律が流れ始める。

良子がもう一度ゼンマイを巻いたようだ。

もし彼女が夢をみているのなら、その夢が心地のよいものであることを、そしてこの旋律が耳に届くことを願おう。


おれは良子に別れを告げると、旋律に包まれた病室を後にした。

85 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 02:04:27.488 ID:JN9axdqF0
廊下に出てすぐ、眼の前に女が立っていた。

ストレートの長髪を腰の辺りまで伸ばし、グレーのワンピースを着ている。

その横には女性の手を握る小さな男の子の姿もあった。

青いオーバーオールを着けたその男の子は、黒々とした髪を頭全体にたらしているが、夏のせいか湿って張り付いた形になっている。

年齢は三歳か四歳くらいだろう。

右手に実物に近似した白いうさぎのぬいぐるみを抱えている。

川д川「あの、津出礼子さんの病室はこちらでしょうか」

女がおれに声をかけてきた。

その瞬間、おれは気づいた。

86 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 02:09:46.835 ID:JN9axdqF0
(=゚д゚)「ええ、そうですよ」

川д川「この度は誠に申し訳ございませんでした」

答えると、女は声を震わせながら、深々と頭をさげた。

川д川「私が眼を離したばかりに、多大なるご迷惑を……」

頭はさげたままだが、声の振幅は大きくなっていた。

(=゚д゚)「頭を上げてください。
    中に礼子さんと妹の良子さんがいますので」

川д川「すみません。本当にすみません」

鼻をすすりながら頭を上げた女は真っ赤に充血した眼をこすると、手をつないでいる男の子に声をかけた。

川д川「ちゃんとお姉ちゃんにお礼言うのよ」

87 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 02:12:02.100 ID:JN9axdqF0
( ><)「うん、おねえちゃんに、これ、あげるのー」

男の子はそう言うと、右手に抱えていたぬいぐるみを掲げてみせた。

(=゚д゚)「お姉ちゃんも喜ぶんじゃないか」

月並みな言葉しか出てこなかったが、他に言葉が思い浮かばなかった。

そのまま会釈して立ち去ろうとしたときだった。

( ><)「ばいばーい」

男の子が笑顔を浮かべながらおれに手を振ってきた。

それは無邪気であどけない振る舞いだった。

そこには輝きがあった。

これが彼女が守ったものか。

おれは柄にもなく、小さく手を振り返してから廊下を歩きだした。

88 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 02:19:41.708 ID:JN9axdqF0
彼女は言っていた。

生きているからこそ命があり、命があるからこそ、いつかは生涯を終えなければならない時が来る。

だからこそ目一杯花開き、その時がくるまで精一杯生きるのだと。

彼女にとっていまがその時なのか。

いや、まだその時ではないはずだ。

おれにはそう思えてならなかった。


未来を守った者と、未来を築こうとする者。

どちらに光明が射すのか。

やはり両者に射してほしいと考えるのは、わがままなのだろうか。


一階へはエレベーターは使わず、階段でゆっくりと降りることにした。





92 名前:以下、無断転載禁止でVIPがお送りします:2016/08/03(水) 02:34:30.617 ID:JN9axdqF0
ハードボイルド小説が好きなので自分も書いてみたいと思って書きましたが難しいですね。

ありがとうございました。

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